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岩木山

ジャパンナレッジで閲覧できる『岩木山』の日本歴史地名大系のサンプルページ

日本歴史地名大系
岩木山
いわきさん

青森県の西部、津軽平野の南方にそびえる独立峰。「いわきやま」とも読む。山頂は中津軽郡岩木町に含まれる。鳥海火山帯に属する円錐状の休火山で、山頂は三峰よりなる。中央の峰は中央火口丘にあたり、標高一六二五・二メートル。南西の峰は鳥海ちようかい山、北東の峰は巌鬼がんき山とよばれ、外輪山の一部にあたる。東側の弘前市付近から望むと上部はこの三峰に分れているが、北側の津軽平野新田地帯からの眺めはとがった円錐形に変わる。

正保二年(一六四五)の津軽郡之絵図に岩木山とみえるが、この名称がいつから使用されたかは明らかでない。古くは「阿蘇辺森あそべのもり」とよばれ、「往来山」「岩城山」「盤椅山」などと記されたという。「十三往来」には十三とさ(現北津軽郡市浦村)しん(福島城とみられる)からの景観として「南湖水濃々、照月水底之暗、青波静有漁浦之便、遥見巌木嶽(中略)山之嶺高而顕大空、誠諍富士山程名山也」と記している。また岩木山神社所蔵の永正一四年(一五一七)の釣灯籠(県重宝)には「岩木山宝殿」の文字が施主名、年月日などとともに刻まれている。このほか永禄日記館野越本(北畠氏蔵)にみえる現岩木山神社関係の応仁三年(一四六九)・永禄三年(一五六〇)の棟札の「岩木大明神」の文字などが岩木の名称の古さを感じさせる。江戸時代には「岩木ノ嶽」「奥富士」などとも称された。「和漢三才図会」では「岩城山権現」の項に次のように記す。

本社百沢寺の上の山に在りて、登ること凡そ三里許り、八朔より重陽に至るまでの中七日潔斎して登るべし。他日は許さず。而も女人結界の山なり。俗に云ふ、津志王丸姉の安寿を祭る社なる故、今に於て丹後の人登山することを許さず。如しおして参る者は必ず神のたたりを受くと云云。元禄年中修復有りて諸堂最も花美なり。凡そ当山と南部の岩鷲山と共に、富士のなりに似たり。故に奥の富士と称す。
ふしみすはふしとやいはん陸奥のいはきの岳をそれと詠ん

岩木山は津軽平野の各地からその秀麗な山容を望むことができ、津軽富士として人々に親しまれてきた。毎年旧暦八月一日にはお山参詣が行われ、岩木町百沢ひやくざわにある岩木山神社は参詣者で賑い、山頂の奥宮を目指す登山者が続く。岩木山に対する信仰は、津軽に人が住着くとともに生じたものと考えられる。それは山を神体とする自然崇拝に天台密教・熊野信仰などの要素が加わって、神仏混淆の岩木山三所大権現となり、人々の信仰を集めるようになったものである。江戸時代には別当寺の百沢ひやくたく寺が信仰の中心となり、寺領四〇〇石を給されて、岩木山一帯を支配した。下居宮・大堂・百沢寺本坊・山門・十坊などの堂舎が弘前藩の保護のもとに整備されている。現在の岩木山神社の楼門は二代藩主津軽信枚(信牧)が寛永五年(一六二八)に造営したものであり、拝殿は三代藩主信義が同一七年に建立した大堂である。また本殿は下居宮、岩木山神社社務所は百沢寺の本坊であった。永正の釣灯籠や応仁・永禄の棟札から室町時代に堂舎が存在したことが知れる。明治初年神仏分離令により百沢寺は廃されて岩木山神社となった。

民衆からあつく信仰された山だけに伝承も多い。「山の背くらべ」「山の喧嘩」「赤倉の大人と山姫」などのほか、「和漢三才図会」などにみられるように安寿姫と厨子王に関する伝説がある。二人の父岩城判官正氏の岩城が岩木山と結び付いて津軽の物語となり、安寿姫が岩木山の神として祀られるようになったものと推測される。津軽では丹後国の者が領内に入ると悪天候になるといい、それを「丹後日和」とよんだ。山椒太夫が丹後の人であったためであろうか。このことは行政面にも反映し、国日記の天明四年(一七八四)九月一二日条には天候がよくないので領内に丹後の者が入込んでいないか調査し、もしいたら国元へ送り返すように指示したことが記されている。同八年幕府の巡見使に随行して津軽を訪れた古川古松軒は「東遊雑記」に巡見使の従者に丹後出生の家来を加えぬよう弘前藩から要求のあったことを記している。

火山活動は文久三年(一八六三)以降やんでいるが、江戸時代には活動が繰返され、噴火・降灰・火災・地震などの記録が残る。岩木山の異変を告げる記録は「永禄日記」の元亀二年(一五七一)の項に「正月廿一日夜光り物岩木山より出候而、東之山へ飛候。神鳴之様に而人皆動顛仕候」とあるが、これがいかなる現象であるかは不明。天正一七年(一五八九)一月岩木山三所大権現の下居宮・大堂ほかことごとくが焼失したと伝えられ、原因は岩木山の噴火とみられている。

江戸時代西南麓の枯木平かれきたい(現岩木町)に弘前藩の牧場が設けられ津軽五牧の一つに数えられた。山麓は明治以後も採草地として利用された。第二次世界大戦後には瑞穂みずほ羽黒はぐろ小森こもり山など山麓各地に開拓者が入って村づくりを進めた。昭和三七年(一九六二)から国営岩木山麓開拓建設事業が六ヵ年の工期で進められたが、所期の成果をあげぬまま今日に至っている。山麓には考古遺跡が多く、開拓事業の実施に伴い発掘調査が進められた。大森勝山おおもりかつやま遺跡(弘前市)からは旧石器時代後期の石器が発見され、縄文時代晩期の大竪穴や配石遺構なども発見された。

周辺にだけ湯段ゆだん三本柳さんぼんやなぎなど江戸時代からの温泉がある。昭和三二年百沢温泉の掘削が成功し、岩木山神社の周辺は温泉街として再発足することとなり、岳温泉も内湯を引くなど経営の近代化を図った。翌三三年当山一帯は岩木山県立自然公園に指定され、観光開発の事業が急速に進められた。江戸時代の松並木を残し、岩木山神社や高照たかてる神社など史跡の多い百沢街道の先端部には、国民宿舎やキャンプ場・スキー場などの娯楽休養施設が開設された。同四〇年八合目まで津軽岩木スカイラインが完成し、それに続くリフトも開通した。一方、弘前市では弥生やよい地区にいこいの広場、西津軽郡鰺ヶ沢あじがさわ町では長平ながだい町に青少年旅行村を開設するなど山麓は姿を変え始めた。昭和五〇年岩木山は西津軽郡の海岸部とともに津軽国定公園に指定され、県立自然公園も名称を岩木高原県立自然公園と改めた。明治六年(一八七三)まで女人禁制の聖地として信仰を集めてきた岩木山は、今気軽に登れる山、観光・休養地へと様変りをみせている。

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19. あさひな-しょざえもん【朝比奈所左衛門】
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【書誌】:0件 【図書】:0件 【逐次刊行物】:1件 『岩木山神社と安寿姫 1‐2』石田武雄 ...
25. あんじゅ・ずしおう【安寿・厨子王】
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安置してその霊を弔う。現在も京都府丹後由良や直江津には安寿と厨子王の伝説と遺跡を数多く残しており,津軽には岩木山の神体を安寿姫とする《お岩木様一代記》という語り ...
27. あんじゅずしおう【安寿・厨子王】
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現在も京都府の丹後由良や新潟県の直江津には安寿と厨子王の伝説と遺跡を数多く残しており、津軽には岩木山の神体を安寿姫とする『お岩木様一代記』という語り物があって盲 ...
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日本国語大辞典
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