日中の住宅地や散歩の途中で、地面から突き上げてくるような低くとても長い「オォーォーー」というような声が聞こえてくることがある。「おーさん」だ。禅宗の一派、臨済宗の寺で修行する雲水(うんすい)さんのことである。おーさんは、大抵黒っぽい着物姿で、竹でつくった網代笠をかぶり、手の甲を覆う手甲(てっこう)と脚のすねに脚絆(きゃはん)をつけ、草鞋(わらじ)を履いて歩いている。喜捨を受けるために首から提げた頭陀袋には、所属する僧堂の名称が染められている。

 雲水さんとは、禅寺の修行僧をさす名称である。行方を定めず、行き流れる雲や水のように、知識を求めて諸国を旅する修行方法から、そのように呼ばれるようになった。最近は食糧や金銭の寄付を求めて歩く托鉢行が、雲水さんの修行となっている。冬の間は、農家を訪ねて朝粥の漬け物にする大根の喜捨を求めることが続けられてきたので、この時期の托鉢を大根鉢(だいこんはつ)と呼んでいる。

 京都では室町時代に臨済宗が保護され、足利義満のときに、禅寺ではもっとも格式の高い五山が定められた。この京都五山とは、東山の南禅寺を別格とし、天竜寺(右京区)、相国寺(しょうこくじ、上京区)、建仁寺(東山区)、東福寺(東山区)、万寿寺(東山区、現在は東福寺山内)のことで、それぞれが臨済宗各派の大本山である(万寿寺は東福寺派)。ほぼ市中を囲むように各寺院があるので、おーさんが至るところにおられるというわけである。おーさんが歩くときに発する声は、つい聞き入ってしまうほどで、安心感のある澄んだ太い声の出し方をする。実は「おー」ではなく、「法(ほう)」と言っているそうで、「ほーさん」と呼んでいる人も多い。

   

   

京都の暮らしことば / 池仁太   



 映画俳優。転移性肝がんによる肝不全で亡くなった。享年81。代表作は『仁義なき戦い』『トラック野郎』『現代やくざ 人斬り与太』など多数。

 「立ち小便が出来なくなったら菅原文太じゃねえ」

 2007年に膀胱がんと診断された文太は、こう言って自分を鼓舞したと『週刊新潮』(12/11号、以下『新潮』)が書いている。

 11月10日に亡くなった高倉健に続いて28日に菅原文太が逝ってしまった。健さんより2歳年下である。宮城県仙台市で生まれ、県立仙台第一高校を卒業して早稲田大学第二法学部へ入るも中退。178センチの長身と端正なマスクが画家・中原淳一の目にとまり、モデルになったことがきっかけで芸能界入りする。

 新東宝、松竹と移り、安藤昇(元安藤組組長で俳優)に勧められて67年に東映に移籍する。だが長いこと鳴かず飛ばずで、任侠映画でトップスターになっていた高倉健は仰ぎ見る存在であった。

 『週刊文春』(12/11号)で東映の古参幹部がこう語っている。

 「本当に天と地くらい格が違っていた。健さんの前では文ちゃんは直立不動でしたから。ただ健さんは誰にでも優しくて、『文ちゃん、東映ではこうなんだよ』と先輩としていろいろ教えてあげていましたね。二つ違いの兄貴と弟みたいな関係に見えました」

 文太も71年の『まむしの兄弟』シリーズで注目を浴び、73年から始まった『仁義なき戦い』で演じた広島のヤクザ広能昌三(ひろのう・しょうぞう)役でスターの座をものにする。

 東映のなかでは当初、外様の文太起用に異論があったというが、当時力を持っていた俊藤浩滋(しゅんどう・こうじ)プロデューサーが彼のことを気に入っていて押し切ったという。

 75年には高倉健と『大脱獄』と『神戸国際ギャング』で共演した後、健さんは独立し、文太は『トラック野郎』シリーズで喜劇の才能も開花させ日本映画界の看板スターになっていく。

 『週刊ポスト』(12/19号)でビートたけしが健さんと文太の違いをこう述べている。

 「一言でいうと、菅原文太さんは『二面性の役者』で、高倉健さんは『一本柱の役者』じゃないかな。
文太さんは73年から『仁義なき戦い』、75年から『トラック野郎』の両輪で活躍した。『2つの当たり役を同時につかんだ』なんていわれてるけど、そんな生易しいもんじゃない」

 たけしは自分が『戦場のメリークリスマス』に出演したとき、映画館で見た光景にショックを受けたという。シリアスなドラマなのに、たけしが出る場面でどっと笑いが起きたという。以来、お笑い芸人のたけしを消し去るために、テレビで凶悪犯を立て続けに演じたという。

 文太はヤクザもコメディもどちらも軽々とこなしてしまった。

 「これって神業なんだよ。(中略)文太さんに『巧い役者』って評価はそんなになかったけど、本当はもの凄い『テクニックの人』だったと思う。頭をフル回転して役に取り組んでいたはずだ」(たけし)

 ともにヤクザ映画から国民的スターになったが、健さんは生涯「高倉健」を演じ続けたのに比べ、文太は映画だけではなく、有機農法を始めたり政治的な発言も多くするようになっていく。

 映画監督の崔(さい)洋一は『新潮』でこう語る。

 「東日本大震災の後は、文太さんなりに日本という国を悲観なさっていましたね。ご自分も東北出身で、自分になにができるかを考えておられました」

 『文春』で鎌田實(かまた・みのる)諏訪中央病院名誉院長がこんな話をしている。

 「八月に会った時、初めて父親の話を聞きました。お父様は四十歳を過ぎていたのに徴兵されたそうです。そして『帰国した時には夢も生きる気力も失っていた』『自分も戦争によって疎開させられ、惨めな生活をした。今日本は、戦争を再びやる国になろうとしている』とおっしゃっていましたね。(中略)
 最後に話したのは十月の電話でしたが、『原発が再稼働しそうだけど、まずいよな』『ミツバチが減っているのは農薬の使いすぎじゃないだろうか』という、至って真面目な内容でした」

 私生活では66年に9歳年下の文子夫人と結婚し、1男2女に恵まれた。子煩悩な親だったが突然悲劇が一家を襲う。長男が31歳の時、踏切事故で亡くなってしまうのだ。息子の死のショックで文太は1年も話ができなくなってしまった。

 07年に膀胱がんが発症し、その時は切らずに治したが2年前には転移が見つかった。だがこのことは文子夫人の判断で本人には知らせなかったそうだ。

 私は菅原文太と面識はない。彼を見かけたのは3、4年前、西麻布の秋田料理の店だった。たしか中畑清と一緒だったと記憶している。髪は白くなってはいたが豊かで、背筋のピンとした後ろ姿はやはり格好良かった。店を出て行くとき、大きな声で話していたことを気にかけたのだろう、われわれの席に向かって少し頭を下げて出ていった。

 『文春』によると、死ぬ10日前、病室で健さんの悲報を聞くとこう言ったという。

 「健さん、東映、映画のことは自分で書きます」

 11月1日、沖縄県知事選に出馬している翁長雄志(おなが・たけし)候補(仲井真氏に約10万票の差をつけて当選)の応援に行ったときの菅原文太の演説は、県知事選の流れを決定的に変えるものだったと言われている。

 私はこのなかの「仲井真さん」を「安倍さん」と読み替えてみると、少し溜飲が下がった。

 「『仁義なき戦い』の裏切り者の山守、覚えてらっしゃるかな? 映画の最後で、『山守さん、弾はまだ残っとるがよ。一発残っとるがよ』というセリフをぶつけた。その伝でいくと、『(対立候補の)仲井真さん、弾はまだ一発残っとるがよ』と、ぶつけてやりたい」

 今夜は文太の『現代やくざ 人斬り与太』(深作欣二監督)でも借りて見よう。

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 今週は話題の人物の「話題」を3本取り上げてみた。特に林真理子の「言い分」は今のメディア全体が抱えている宿痾(しゅくあ)のようなものを見事に言い当てている。週刊誌も所詮商売ジャ-ナリズムということだ。

第1位 「林真理子『夜ふけのなわとび』」(『週刊文春』12/11号)
第2位 「『読売新聞』全社が固唾を呑んだ『ナベツネ主筆』重症入院の悪い知らせ」(『週刊新潮』12/11号)
第3位 「私の体を貪ったちょいワルオヤジ『LEON』元編集長・岸田一郎を許さない!」(『フライデー』12/19号)

 第3位。ファッション誌『LEON』を創刊して「ちょいワルオヤジ」という言葉を流行らせたチョッピリ有名人の編集者・岸田一郎氏(63)のスキャンダル。
 彼は現在、9月に創刊された男性誌『MADURO(マデュロ)』の編集長。
 その岸田氏が23歳の美女A子さんに「枕営業」を強要していたというのだ。
 A子さんは現在モデルとして活躍中で岸田氏が好きなタイプらしい。『MADURO』の関係者から『東京ガールズコレクション(TGC)』の仕事の話をもらったA子さんは、雑誌関係者らと今年2月に岸田氏と会食し、出演と引き換えに岸田氏に肉体関係を無理やりもたされたと「涙の告発」をしている。
 会食前に、『MADURO』の関係者から「岸田氏をもてなすよう」にと指示されていたという。岸田氏は「聞いているよね? このまま帰るとTGCには出さないよ」と脅されて、従うしかなかったそうだ。
 岸田氏はその後もA子さんの体を貪り続けたというが、結局、A子さんはTGCに出られなかったそうだから、怒るのも無理はない。
 A子さんは岸田氏に対し訴訟を起こすつもりだという。これが事実なら、編集者としての一線を越えてしまった岸田氏は編集長を辞任すべきだろう(反論があるなら堂々とすべきである)。ファッション雑誌のイメージを傷つけた代償は大きいはずだ。

 第2位。読売新聞の首領・ナベツネこと渡辺恒雄主筆(88)が11月14日に自宅で倒れて救急車で運ばれ、未だに退院できない状態にあるというのだ。
 何しろ年も年だし以前に大腸にポリープが見つかっているし、耳も不自由になってきているというから、何が起こっても不思議ではないが、長年読売だけではなく政界にも強力なパイプを持って影響を与えてきた人だけに、気になる病状ではある。
 いろいろ情報が交錯するなか、広報に確認すると、主筆自らが病床から回答を寄せたというではないか。そこには泥酔した上に睡眠薬を飲んだため、寝室で滑って転んだ。その際本棚に左肩をぶつけ上腕部を骨折したため、リハビリを続けているから長引いているが、年内には退院できるだろうと書かれていたという。
 この通りなら、時間は経ってもまた出社できるのだろうが、本人自らが返事を寄越したという点に、いささか疑念が生じる。週刊誌の取材などにまともに答える人ではないのに、ナゼ今回だけは答えたのか。
 あたかも読売内部では「ポスト・ナベツネ」をめぐって政治部と社会部が争っているそうだ。ナベツネがこのまま引退するにしても、後継を自ら指名しておかなくては内紛が収まらず、社を揺るがす事態になるやもしれないのである。
 後継などつくらず独裁を続けてきた超ワンマンが消えるとすれば、読売社内の問題だけではなく永田町にも何らかの影響が出ることも考えられる。続報を注目したい。

 今週の第1位は林真理子の連載コラムに捧げたい。

 「一ヶ月近くたって巷でこれだけ話題になっても、どの週刊誌も一行も報じないではないか。やしき氏(やしきたかじん=筆者注)の長女がこの本によって、
 『名誉を傷つけられた』
 と提訴し、出版差し止めを要求した。が、相変わらずテレビも週刊誌も全く報道しない。私はこのこともものすごい不気味さを感じるものである。この言論統制は何なんだ!
 大手の芸能事務所に言われたとおりのことしかしない、テレビのワイドショーなんかとっくに見限っている。けれど週刊誌の使命は、こうしたものもきちんと報道することでしょう。ネットのことなんか信用しない、という言いわけはあたっていない。そもそも、
 『やしきたかじんの新妻は遺産めあてでは』
 と最初に書きたてたのは週刊誌ではなかったか」

 林真理子が『文春』の連載「夜ふけのなわとび」で怒る怒る。週刊誌が自分の役割を果たさないのはどういうこっちゃ! と真っ当に怒り狂っている。
 この騒動は百田尚樹(ひゃくた・なおき)という物書きが幻冬舎から出した『殉愛』という本についてである。 1月に亡くなった大阪のカリスマ芸人・やしきたかじんの闘病の日々と、彼を献身的に介護する新妻との日々を描いた“ベストセラー狙い”のお涙ちょうだいノンフィクションだ。
 だが、この新妻というのが実はイタリア人と結婚していて、「重婚」の疑いがあるというのである。
 また、やしきの友人でもあり彼の楽曲に詞を提供していた作詞家の及川眠子(ねこ)が『殉愛』の中で資料として提示されているたかじん「自筆」とされるメモの字の筆跡について、真贋を疑問視するツイートをしたのだ。

 「『殉愛』の表紙に感じたすっごい違和感。なんでだろーと思っていたが、はたと気付いた。たかじんってあんな字を書いたっけ? もっと読みづらい変ちくりんな字だった記憶が・・・。病気になると筆跡まで変わっちゃうのかな?」

 その上、やしきの長女が幻冬舎に対して「出版差し止めと1100万円の損害賠償を求める」訴訟を東京地裁に起こしたのである。
 これに対して百田は「裁判は面白いことになると思う。虚偽と言われては、本には敢えて書かなかった資料その他を法廷に出すことになる。傍聴人がびっくりするやろうな」とツイートしたものの削除してしまった。
 Web上のまとめサイトでは「百田尚樹氏、ほぼ作家生命終了」とまで断定されてしまっている。
 これだけ話題になっている本についての「醜聞」は週刊誌の格好のネタであるはずだ。だが、不可解なことに出版社系はどこも取り上げないのだ(『サンデー毎日』と『週刊朝日』はやしき氏の長女のインタビューなどをやっている)。
 『週刊現代』を出している講談社は『海賊とよばれた男』が大ベストセラーになっている。『週刊新潮』は百田の連載が終わったばかり。タブーは他誌に比べて少ないはずの『週刊文春』だが、林によると「近いうちに連載が始まるらしい」から、これまた書かない。
 小学館の『週刊ポスト』も百田の連載をアテにしているのかもしれない。
 私がここでも何度か言っているが、いまやメディアにとってのタブーは天皇でも創価学会でも電通でもない。作家なのである。
 昔『噂の真相』という雑誌が出ていたときは、毎号作家についてのスキャンダルや批判が載っていたが、いまや作家について、それもベストセラー作家のスキャンダルを読みたくても『サイゾー』以外どこを探しても見つからない。

 「私は全週刊誌に言いたい。もうジャ-ナリズムなんて名乗らない方がいい。自分のところにとって都合の悪いことは徹底的に知らんぷりを決め込むなんて、誰が朝日新聞のことを叩けるであろうか」(林真理子)

 私も週刊誌OBであるから恥ずかしくて仕方ない。ネットで現場の記者や編集者は、そんな状況を打破しようとしているというコメントを見つけた。

 「文春や現代、ポストの週刊誌編集部には関西生まれの記者や編集者も多く、彼らは子供の頃からたかじんの番組に慣れ親しみ、親近感を持っており、今の状況は許せないと思っている。若手記者たちは『企画を出しても通らない!』と憤っています。中には仕方なく自腹で取材に動いたり、情報収集をしはじめる記者もいます。ある版元の、ノンフィクションが得意の敏腕編集者の下には、こうした情報が続々と集まっていると聞きました。騒動の裏側が本格的に暴かれる日も近いのでは」(夕刊紙記者)

 これに似たようなことを私も聞いているが、どこまでやれるかはなはだ心許ない。この本の版元は見城徹(けんじょう・とおる)という人間がやっている幻冬舎で、彼の裏には芸能界の「ドン」と言われている周防郁雄(すおう・いくお)がいるそうだ。百田はベストセラー作家であり安倍首相のお友達である。
 だが、この程度の「圧力」に屈して、この「事件」を書かないとしたら週刊誌など廃刊したほうがいい。
 私は百田の『永遠の0』を30ページほど読んで捨ててしまった程度の読者である。したがって百田の物書きとしての才能を云々することはしない。だが「文は人なり」である。安倍首相のような人間と親しいことをひけらかし、下劣な発言をたびたび繰り返している人間のものなど読むに値するわけはない。
 『殉愛』は現在市場に30万部ほど出回っているそうだが、出版関係者によれば「半分も売れれば上出来ではないのか」と言われるほど失速しているという。

 林真理子の“怒り”に慌てたのだろう。次号で『文春』は百田尚樹の言い分を、『新潮』は騒動の途中経過を載せているが、これについては次回触れたい。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   



 著名人につきまとう輩を指す「スターストーカー」という言葉。もちろん、仕事先やプライベートな場所に近づいてくる実際のストーキング行為に用いることもある。しかしもっぱら、SNSやブログなどに執拗な書き込みをしてくる「ファン」を称することが多い。

 ネットの時代、スターは決して「雲の上の存在」ではない。タレントがパーソナルな感情を投稿すると、ファンがこぞって応援コメントを残してくれる。そうした健康的な交流を皆が築いていけるならすばらしい。が、距離感が縮まっていることで生まれる危険性も否めない。あまたのファンの中で、自分の発言だけは特別だと思ってほしい。それは熱心なファンの本音のはずだ(このところを否定するのはおそらく正しくない。タレントは、自分がファンにとっては「ファンタジー」であることを理解しておく必要がある)。あふれすぎた愛情は、バランスを失うとマイナスにも容易に転化する。ツイッターは匿名性が強く、攻撃的になりやすいといった性質が、これを後押しする。

 しつこい「批判」に恐怖を感じてブロックしたとしても、「自分の声をなぜ聞き入れてくれないのか」と相手が逆上する例もある。なにせ、芸能人はスケジュールなどがおおやけになりやすいのだ。「死ね」といった心ない言葉でも、現実の襲撃の可能性として警戒しないわけにいかない。いま、スターたちのネットとのあるべきつきあい方が模索されている。
   

   

旬wordウォッチ / 結城靖高   



 2014年10月から、高齢者の肺炎球菌ワクチンが定期接種になった。

 日本では、国や自治体が接種を強く勧める「定期接種」と、接種するかどうかを自分(子どもの場合は保護者)が判断する「任意接種」の2種類にワクチンが分類されている。 予防接種法で定期接種に認められたワクチンは、自治体の助成によって、ほとんどの市区町村で無料で受けられるようになる。その定期接種に、高齢者の肺炎球菌ワクチンも導入されたのだ。

 肺炎球菌感染症は、おもに気道の分泌物に含まれる肺炎球菌という細菌が、咳やくしゃみなどによって感染する病気だ。体力の落ちている高齢者の場合、気管支炎、肺炎、敗血症などの合併症を起こすことがある。

 厚生労働省の「人口動態統計」(2013年)によると、高齢化を反映し、肺炎が日本人の死因の第3位となっている。その予防のために取り入れられたのが、高齢者に対する肺炎球菌ワクチンだ。

 今回、定期接種の対象となったのは、ニューモバックスNP(23価肺炎球菌莢膜(きょうまく)ポリサッカライドワクチン)というワクチンだ。

 日本では、高齢者施設の入所者に対して同ワクチンを接種し、肺炎の予防や生存率の改善に効果があるかどうかを調査した研究が2010年に発表されている。これによると、ワクチン接種によって、肺炎球菌性肺炎の発症が63.8%、すべての肺炎についても44.8%減少したことが報告されている。

 死亡については、すべての肺炎での死亡率に有意差はないものの、肺炎球菌性肺炎による死亡率はワクチン接種によって有意に抑制されることが証明された。

 また、肺炎球菌ワクチンをインフルエンザワクチンと併用することで、高齢者の肺炎による医療費を削減できた例も報告されている。

 しかし、海外では、肺炎球菌ワクチンが、肺炎全般の発症を抑えたり、肺炎による死亡率を改善させたりする効果があるという評価は固まっていない。たとえば、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(N Engl J Med)』に2003年に掲載された論文では、肺炎球菌性肺炎は減少したものの、反対に肺炎による入院、すべての肺炎が増加したと報告されているのだ。

 小児の肺炎球菌ワクチンが有意に効果を示しているのに対して、高齢者への肺炎球菌ワクチンの効果は専門家の間でも意見が分かれるところだ。もちろん、高齢者施設などの限定的な環境での集団接種によって肺炎球菌性肺炎にかかる人が減れば、医療従事者や介護者の負担を軽くできるといった期待は持てるかもしれない。しかし、肺炎全般を減らしたり、生存率に大きな改善をもたらすかどうかは証明されておらず、議論の余地を残したまま、今回の定期接種が踏み切られた格好だ。

 そもそも、日本はワクチン後進国で、長い間、先進諸国に比べてワクチン政策に遅れをとってきた。小児科医の働きかけや市民運動の盛り上がりによって、2008年からようやくワクチンギャップが解消されるようになってきたが、おたふくかぜやロタウィルスなど、諸外国では当たり前のワクチンがいまだ任意接種になっている。

 そのため、評価の定まっていない高齢者の肺炎球菌ワクチンを定期接種にする前に、接種効果が確認されている小児に必要なワクチンの導入を優先すべきといった意見もあるようだ。しかし、時に医学的なエビデンスよりも、そのワクチンにかかわる人々の力関係によって、導入されるワクチンの優先順位の変更が起こりうるのが現実社会だ。

 公衆衛生を高め、国民全体の健康を保つために税金を投入するワクチンは、社会的共通資本のひとつだ。ワクチンの導入については、エビデンスにもとづく民主的な話し合いによって、国民の合意を形成していく必要があるのではないだろうか。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   



 ここ数年、文具の世界がおもしろいことになっている。三菱鉛筆の、芯が回転することでいつも細い字が書けるシャープペンシル「クルトガ」、筆記速度にかかわらずなめらかに字が書けるボールペン「ジェットストリーム」は、革新的な技術でまたたく間に定番商品となった。文具にはまだまだ「売り方」があったのだ。世の中の電子化が進むにつれ、全体の売り上げが伸び悩んでいる業界の危機感が、驚くような商品に結実しているといってよいだろう。

 2013年10月にパイロットコーポレーションが発売した「カクノ」は、小学生をターゲットにした「はじめての万年筆」。鉛筆を意識して、軸が六角形に、またグリップ部分が三角形になっている。筆記用具の握り方を自然と学ばせるツールとなっているのだ。インクカラーの種類が豊富なこともあって、大人たちにもじゅうぶんな支持を得た。税別で1000円という価格設定ながら、本格的なペン先の質など、万年筆の老舗メーカーの矜持をみせつける一本である。その販売本数はすでに50万本に達している。

 万年筆の書き味というものがわからない若い世代が多くなった。カクノでその良さを知った世代が育てば、メールの時代にも手書きの奥ゆかしさというものは残っていくのだろう。
   

   

旬wordウォッチ / 結城靖高   



 地方銀行による経営統合・再編の動きが相次いでいる。2014年11月、肥後銀行(熊本)と鹿児島銀行(鹿児島)、横浜銀行(神奈川)と東日本銀行(東京)がそれぞれ経営統合に向けて合意したと発表した。これに先立ち10月には東京都民銀行(東京)と八千代銀行(東京)も経営統合し、持ち株会社が発足した。

 それにしてもなぜ地方銀行の統合なのか。

 肥後銀行の甲斐隆博頭取は記者会見で「勝ち残っていくには、経営体力を大きくする必要があった」と統合の理由を説明した。

 地銀の統合・再編の背景にあるのは「人口減少」だ。地方を中心に進む人口減少は銀行の主要業務である住宅ローンの貸出先が減ることを意味する。また地方にはこれといった成長産業が少ないうえ、地銀以外にも信用組合、信用金庫などが存在する。そのため、数少ない優良企業に対し、「貸出競争」が行なわれているのが実情だ。人口減少や地方経済の衰退は地銀のビジネスモデルを揺るがしているのだ。

 こうした状況を踏まえ、2014年1月、金融庁長官が地銀首脳を集めた会合で「統合を経営課題として考えていただきたい」と促している。

 1990年代後半の金融危機で都銀を中心とする大手銀行は3大グループに収斂した。再編の大波がいまようやく地銀にも及ぼうとしている。
   

   

マンデー政経塾 / 板津久作   



[1] 先日、結婚を発表した西島秀俊(43)が相手に課す“厳しすぎる結婚の7条件”(注)をオールクリアしてしまうような「非の打ち所がない彼女」のこと。

[2] コラムニスト兼漫画家の能町(のうまち)みね子氏によって発信されたと言われている造語。「ある特定の華やかな業界を渡り歩く、付き合う相手がいつも有名人という一般女性」のこと。

[3] 筆者がおもに男子会で15年ほど前からよく使っていた造語。風俗嬢やAV女優といった、いわゆる「カラダを武器にしてお金を稼ぐ職業に就く彼女」のこと。男を虜にするフェロモン・高額な所得・多彩な性テクニック・じつは案外身持ちがかたい……との理由から一部の男子には重宝されていた。ちなみにキャバクラ嬢は「セミプロ彼女」と呼んでいた。


 西島の結婚を機とし、「プロ彼女」なる言葉の定義が、このように混迷のていを見せている。これは「草食系・肉食系」や「カープ」などと比べ、「プロ」という接頭語のイメージがあまりに曖昧である点に起因していると思われる(筆者世代だと「プロ」とくれば「ゴルゴ13」と、明確なイメージが浮かんでくるのだが)。そして、やはり接頭語の曖昧さが本来の意味合いをぼやけさせてしまった最近の流行語としては「危険ドラッグ」を挙げてみたい。

(注)
1.仕事のワガママは許すこと/2.映画鑑賞についてこない/3.目標を持ち一生懸命な女性/4.“いつも一緒”を求めない/5.女の心情の理解を求めない/6.メールの返信がなくてもOK/7.1か月半会話なしでも我慢すること(『女性自身』2014年5月6日号)
   

   

ゴメスの日曜俗語館 / 山田ゴメス   


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