いち早く花を咲かせ、春の訪れを知らせた梅は、初夏に大きな実をならせる。その実を使って梅干しや梅酒などの保存食を作る「梅仕事」は、日本で古くから梅雨の時期に行なわれてきた食の行事だ。

 梅の実を使った保存食は、梅酒、梅シロップ、梅肉エキス、梅ジャムなどがあるが、梅仕事の代表格はなんといっても梅干しだろう。

 日本ではじめて「梅干し」という言葉が登場するのは、平安時代中期の医薬書『医心方(いしんぼう)』で、村上天皇の疫病を梅干しと昆布茶で治したという記録が残っている。当初は、漢方薬として用いられていたようだ。

 この梅干しが、鎌倉時代になると僧侶が酒の肴や調味料として使うようになり、食用としての用途が広がるようになる。さらに、戦国時代には兵士たちの疲労回復を助ける陣中食、傷口の消毒や伝染病の予防などにも使われるようになり、保存食としての梅干しは暮らしに根づいていくことになった。

 長期間保存のきく梅干しだが、作れるのは梅が実をつける梅雨時に限られる。

 その短い旬のなかでも、梅干し作りに適しているのは実が黄色く色づき始める頃だ。早すぎても実が硬すぎるし、時期を逸すると実が崩れてしまうので、梅の熟し加減に合わせて実を収穫し、塩漬けにする。

 こうして漬けた梅を土用の頃にいったん干し、再び容器に戻して保存していく。タイミングを逃さず、漬けたり、干したりするのが梅仕事の難しさでもあり、醍醐味でもある。

 だが、梅干しは一度作ってしまえば、長期間の保存がきき、さまざまな料理に使うことができる。おにぎりやお茶漬けはもちろんのこと、煮魚の調味料として使ったり、梅肉で和え物にしたりするなど、梅干しの用途は幅広い。

 また効能も豊富で、梅干しに含まれているクエン酸には、疲労回復を助けるだけではなく、動脈硬化の予防も期待されている。そのほか、細菌を抑制する働きもあるため、食中毒の予防にもなるといわれている。

 梅仕事の旬もそろそろ終わりに近づく。今は、簡単に市販の梅干しも手に入るが、それぞれの家庭で手作りされたものは格別だろう。数か月後、出来上がった梅干しや梅酒を持ち寄って、食べ比べしてみるのも、また楽しみになる。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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