国の「働き方改革実現会議」で協議されてきた残業時間の上限が、「月100時間未満」で決着した。

 労働基準法では、労働時間は1日8時間、週40時間までと決められている。ただし、労使間で36(サブロク)協定(労働基準法第36条)を結んでいると、雇用主は月45時間(年360時間)まで従業員の労働時間を延長させることができる。さらに、36協定に特別条項をつければ、月45時間以上の労働時間の延長も可能だ。実質的に残業時間の上限はあってないようなもので、これまで雇用主はいくらでも従業員に残業させることができた。

 だが、政府は残業時間や賃金制度を見直して、労働生産性を高めることを成長戦略の一つにあげている。欧州諸国に比べて労働時間が長いことも、先進国を名乗る日本は分が悪い。こうした問題を解決するため、2016年9月に安倍晋三首相自ら議長を務めて「働き方改革実現会議」を発足させ、長時間労働の是正や非正規雇用の処遇改善を目指してきた。

 そこで、導入することになったのが、罰則つきの残業時間の上限規制で、実質的に青天井で残業をさせることが可能な労働基準法を改正する。

 これまでと同様、労使協定で合意する残業時間は原則的に月45時間までだが、繁忙期などに45時間を超えて時間外労働をさせる場合も、年720時間(月60時間)の上限を設ける。また、1か月にできる残業の上限は最高でも「月100時間未満」となった。

 当初、経済界の代表である経団連は「月100時間以下」、労働者の代表である連合は「月100時間未満」を提示。対立が続いていたが、安倍首相の要請によって連合の「月100時間未満」で決着した。また、繁忙期が続いても、月45時間を超える残業時間の特例は6か月までで、2~6か月の月平均80時間が上限となる。

 これまで、業務上の理由から労働時間規制の対象となっていなかった建設業や運輸業にも、将来的には適用していく考えが示されている。

 この見直しによって、これまで無制限だった残業時間には、一定の限度が設けられることになった。しかし、月の残業時間が100時間を超えると、脳・心臓疾患などによって過労死のリスクが高まり、80時間を超えると疾患との関係性が強まるとされている。そのため、「月100時間未満」では甘いという声もある。また、明確な数字が示されたことで、反対に「月100時間までは働かせてもいい」と、誤ったメッセージになることも懸念されている。

 こうした不安の声にこたえて、厚生労働省は違法な残業を放置する企業名の公表基準を、これまでの月100時間超から月80時間超に引き下げた。国も企業への監視を強め、懲役刑や罰金刑の導入も検討。退社から出社まで一定の休息時間を確保する「勤務間インターバル制度」の普及も努力義務とすることも法律に明記されることになった。

 これまで、従業員の長時間労働を前提とした経営を行なっていた企業は、生産性を高めるための見直しが迫られることになる。

 だが、長時間労働の温床となってきたのは、労働基準法の甘さだけが原因ではないだろう。

 諸外国に比べて日本は、顧客に対して度を超えたサービスを提供している部分もある。コンビニエンスストアは24時間・365日営業し、いつでも豊富な商品を途切れさせることはない。一度、受け取りそこなった通販の商品も、宅配業者がその日のうちに再配達してくれる。そのサービスの裏側には、必ず労働者がかかわっている。

 日本人がより便利な生活を追い求めた結果が、労働者の長時間労働につながった面もある。

 日本の長時間労働を改善するためには、これまでよりちょっと不便な社会を受け入れることも必要なのかもしれない。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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