京都名産の漬け物の一種。一枚4ミリほどの薄く切った「聖護院かぶら」を何枚も重ねて漬けるので、「千枚漬」という。材料の聖護院かぶらは在来種の大かぶで、大きいものは直径15センチ以上、重さはおよそ5キロにも育つ。肉質が緻密で柔らかい。冬の旬の時期には甘みや旨味が増し、香りもぐんと高まるのが特長である。

 千枚漬の漬け方は、丸々と育った「聖護院かぶら」の外側にある筋の多い部分を、皮と一緒に分厚くむき取り、薄く透けるように専用鉋(かんな)で一枚ずつ削る。これを塩で一晩か二晩ほど下漬けした後、適度に塩を洗い落とし、「かぶら」と昆布を交互に重ねながら、味醂などの調味料を加えて本漬けする。一昼夜ぐらいから食べられるようになり、通常4日間ほど漬け込んだ状態が一番味がよいといわれている。「かぶら」の甘みと昆布のぬめり、ほのかな酸味が微妙に混じり合っている独特の味わいは、誰もが一度食べたら忘れられないことだろう。

 そんな淡泊妙味で知られた「千枚漬」であるが、150年前の江戸末期に、御所(京都御所)の大膳寮で考案されたことは意外に知られていない。当時、御所の料理人として働いていた大黒屋藤三郎(大藤藤三郎)の手によるもので、旬の「聖護院かぶら」を生かした浅漬けを試行錯誤する中で考え出されたそうである。当初は発酵法による漬け物で、宮中ですぐに大評判になったという。その後、1865(慶応元)年に御所を下った大黒屋は、大藤の屋号で漬物店を構えた。そして、「千枚漬」を売り出すと人気を呼び、またたく間に京名物になった。

 ところで、「聖護院かぶら」の厚くむかれた皮の部分であるが、これは細かく刻み、白菜と柚子、昆布などと一緒に浅漬けにされる。「もったいない」から生まれた刻み漬けもまた、いまでは京名物の一つになっている。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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