京都の町の真ん中に、「六角さん」と呼ばれる天台宗の寺がある。平安遷都以前に開創された寺で、正称を「紫雲山頂法寺(ちょうほうじ)」といい、「六角堂」という通称でも知られている。587(用明天皇2)年、聖徳太子が大阪の四天王寺建立のため用材を求めて訪れた際、持仏を安置してお堂を設けたことが始まりと伝えられている。その長い歴史の中で多くの伝説があり、親鸞聖人が参籠したことや、華道池坊(いけのぼう)流の名称が、境内の池のそばにあった住坊(僧侶の住まい)から発した、などの史実で知っている人も多いだろう。

 さて、六角通の正門から寺に入ると、六角形をしたお堂の手前に、奇妙な形をした石が地面に埋め込まれていることに気づくはずである。直径40センチメートルほどのこれも六角形をした石で、中央には用途のわからない丸い穴が空けられている。通称「へそ石」という。昔、京都の中心部にあるので「要(かなめ)石」と呼ばれていたことがあり、また、平安京の位置を細かく定めた条坊の制度ができたときには、この石をその基点の一つにしたともいわれている。

 1780(安永9)年の『都名所図会』で「へそ石」を探してみると、「六角さん」の正面を通る六角通の真ん中に描かれている。その後、「へそ石」は交通至便の理由から1877(明治10)年に現在地に移されたが、それまではずっと正面の道の真ん中にあったそうである。京都は千年の都というけれど、平安遷都以前から同じものが同じ場所に存在するケースはほとんどない。「へそ石」はとても貴重な存在であった。現代では「東寺の石段」ぐらいしか、当時のまま残されているものはないのではなかろうか。


六角堂のへそ石。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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