2016年8月末現在、庵野秀明(あんの・ひであき)監督の最新作『シン・ゴジラ』が興行収入50億円を超えた大ヒットになっている。本作は公開前の宣伝の投下がかなり少なく、巷間よく批判される「作品の質とは無関係のメディア牽引型のヒット」とは対極にあると考えてよいだろう。

 驚くべきことに、本作でのゴジラの描き方は「世界で人気のジャパニーズキャラクター」ではない。明快に「倒さねばならぬ敵」だ。すでに長年愛されてしまった存在を、こうして描くことはビジネス的に不安が残ったはずだ。庵野監督の(ゴジラを恐怖として描いた第一作目に立ち向かおうとする)作家としての意志がそら恐ろしい。このコンセプトを通した東宝もたいしたものだと思う。ちなみに、2014年にギャレス・エドワーズが監督したハリウッド版ですら、ゴジラはいくばくかの愛嬌をもって描かれている。

 やはりここは、近年の制約の多すぎる映画界を振り返って、作家が作家性を発揮することの真っ当さを強調したいところだ。映画をヒットさせるとはどういうことか。必ずしもマーケティング先行ではなく、作家が描くべきと思っている表現ができれば、マーケットはついてくる(こともある)。

 『シン・ゴジラ』を政治的に語る声は多いが、宗教モチーフの多い『エヴァンゲリオン』になんら宗教的思想がないように、監督もエンターテイメント以上のものを表現したつもりはおそらくない。あの「3・11」を経て、「巨大怪獣が現れる」という荒唐無稽な設定に、(これまでのシリーズよりは)強めの政治要素を入れることが自然だった……ただそれだけのことではなかったか。それでもファンやアンチは、作家の意図せざるところまであれこれと語る。そして口コミの効果は絶大、社会現象化しているのである。
   

   

旬wordウォッチ / 結城靖高   


結城靖高(ゆうき・やすたか)
火曜・木曜「旬Wordウォッチ」担当。STUDIO BEANS代表。出版社勤務を経て独立。新語・流行語の紹介からトリビアネタまで幅広い執筆活動を行う。雑誌・書籍の編集もフィールドの一つ。クイズ・パズルプランナーとしては、様々なプロジェクトに企画段階から参加。テレビ番組やソーシャルゲームにも作品を提供している。『書けそうで書けない小学校の漢字』(永岡書店)など著書・編著多数。
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