医療施設や工事現場などでは、重大な事故につながりかねなかったと「ヒヤリ」としたり、「ハッと」したりした事例を、「ヒヤリハット」と名づけている。事故防止のための重要なツールだが、とくに介護施設などではミスを集めるものなのでネガティブな思考になりがちだ。

 これに対して、「にやりほっと」はよいところを見つけて、次につなげようとする活動。高齢者の介護施設で始まったもので、日々の事例を前向きにとらえ、思わず「にやり」と笑顔になったり、「ほっと」心が温かくなるエピソードとしてスタッフ間で共有している。

 たとえば、「スタッフが見ていないときに、高齢者が車椅子から立ち上がって歩こうとした」という事例でも、ヒヤリハットだと「見守りをおろそかにしたため、転倒する可能性につながった」と報告される。その結果、立ち上がらないように拘束されるなど、高齢者の行動は制限されがちだ。

 だが、「にやりほっと」では、「がんばって立ち上がろうとしていた」ととらえて報告。同じ事例を前向きにとらえることで、高齢者の自立を促すケアプランが作られ、身体機能の回復につながったという。また、「にやりほっと」の事例をスタッフ間で共有することで、高齢者の人柄までわかるようになり、コミュニケーションのツールとしても一役買っているようだ。

 こうした暖かい取り組みが行なわれている一方で、介護の現場では、事故を防ぐために、利用者をベッドに拘束したり、利用者が部屋から出ないように外から施錠したりといった問題も明らかになっている。本来あってはならないことだが、人手の少ない介護施設では仕方のない措置ともいえる。

 「にやりほっと」ができるのは、スタッフの数も充実している、余裕のある施設ともいえる。

 すべての介護現場で「にやりほっと」をできるようにするためには、介護に携わる人の処遇を見直して、人が集まる職場にしていく必要があるだろう。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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