亀廣永(かめひろなが、中京区)の棹菓子。「したたり」は、祇園祭の山鉾の一つである菊水鉾(きくすいぼこ)に献上するためにつくられた和菓子である。

 菊水鉾は、珍しい唐破風(からはふ)屋根で知られる山鉾で、かつて京都一と讃えられていた名水「菊水の井戸」とゆかりが深い。菊水鉾保存会がある菊水鉾町(中京区室町通四条上ル)には、2001(平成13)年まで金剛能楽堂があり、その堂内には本物の「菊水の井戸」があったそうだ。そのようないきさつのため、菊水鉾は能楽の演目として名高い謡曲「菊慈童」を材料に作られた。「菊慈童」とは中国の故事で、「山中で甘菊の葉から『したたる』露を飲み、700年もの長寿を保った」という仙童の説話である。そして、こうした「菊水の井戸」や「菊慈童」にあやかり、山鉾町での振る舞い菓子として作られたのが「したたり」というわけである。

 創製は1970年ごろのこと。当初は祇園祭の時だけに作られるものだったという。その後、手土産などとしての要望に応えるため、通年作られるようになったという。

 澄んだ琥珀色の「したたり」は、腰の強い寒天、沖縄の黒砂糖、阿波の和三盆糖などを用いた上品な寒天菓子である。生地には腰があるのに、口に含んだ途端、ほろほろと崩れていく。この黒糖の味わいを残しながら、水のように口に溶けていく食感は独特である。上品な味わいでありながら、疲れを癒やすような黒蜜特有の力強さがあり、これもまた魅力になっている。

 豆かんや黒蜜寒天のように、簡素でありながら、個性の強い和菓子が好きな人には、ぜひ一度味わってもらいたい菓子である。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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