実家の土地や建物などを引き継がない「相続放棄」が急増している。司法統計によると、2014年に家庭裁判所に申し立てられた相続放棄の件数は18万2000件。その数は、20年前に比べると約3倍に膨れ上がっている。

 実家の土地や建物を相続すると、固定資産税の負担や維持費もかかる。しかし、故郷を離れて都市部で就職し、すでに実家に帰る予定のない人にとっては、その負担はやっかいなものだ。相続放棄をすることで、親の資産を受け継がない代わりに、そうした責任からも解放されることを望む人がいるのは当然の流れだろう。

 通常、被相続人が亡くなると、その子どもや配偶者などの法定相続人が、預貯金や不動産などを相続する。基礎控除を上回る資産がある場合は、必要に応じて被相続人の死を知った日の翌日から10か月以内に相続税を納税する。ただし、一切の財産を引き継がない「相続放棄」をすることも可能だ。相続財産のなかに負債が含まれているときに使われる方法で、預貯金や利益を生む不動産などプラスの財産も受け取らない代わりに、借金などの負債も放棄するというもの。相続放棄をするためには、相続の開始を知ったときから3か月以内に、家庭裁判所に「相続放棄申述書」を提出する。相続人全員でも、ひとりでも手続きできるが、一度、申述書を提出すると取り消すことはできないので慎重に判断する必要がある。

 相続人全員が相続放棄した場合、自治体は家庭裁判所に相続財産管理人(弁護士、司法書士など)を選任し、物件を処分することになる。資産価値のある土地建物なら自治体が独自に活用する道も探れるが、そのような物件が相続放棄されることはまずない。相続放棄される物件の多くは、朽ち果てた空き家などだ。昨年5月に施行された「空き家対策特別措置法」によって、倒壊の恐れのある危険な空き家を行政代執行で強制撤去できるようになったが、相続人全員が相続放棄すると解体費用は自治体が負担することになる。

 資産価値が乏しく、住むあてのない実家の土地建物の相続を躊躇する気持ちはわかる。しかし、相続放棄すれば、その後の管理にかかる費用は税金が投入されることになり、厳しい地方財政にさらに負担をかけることになる。倒壊の危険性が高い空き家の解体にかかる費用の一部を助成する制度のある自治体もある。すでに暮らしの基盤が別のところにある人は、将来、実家をどうするのかを、親が元気なうちに相談しておきたい。

 その一方で、地方への移住を目指す若い世代も増えている。だが、彼らは往々にして資金が乏しい。そうした若者に対して、もてあましている田舎の家を提供する仕組みがつくれれば、人口減少に悩む地方への移住促進の一助となるかもしれない。

 相続放棄された家や土地をお荷物とみるか、地方活性の切り札に変えるかは、行政の舵取りにかかっている。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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