花街の芸妓さんや舞妓さんが、座敷で使う色刷り名刺のことである。名前と一緒に、似合いの祇園ことばとその由来を付け加えたり、背景に好きな図柄を付けたりしたもので、花名刺と呼ばれているものも同様である。

 舞妓さんの名前は、初めて座敷に呼ばれる「ミセダシ(見世出し)」の前に、抱えられている「子方屋(こかたや)」のスジ(筋)によって決められ、通常は伝統的に関係づけられている字が使われる。例えば、豆のつくスジの家では「豆千代」や「小豆」といった具合である。富ならば、「富丸」や「富久代」といった感じだ。

 ところで、なぜ「ノーサツ」と呼ばれるようになったのか。由来は定かでないそうだが、その方面に詳しい方にたずねてみると、どうも巡礼者が参詣のしるしに霊場に納める「納札(のうさつ)」ということばから起こったようだという。

 納札とは、神社や仏閣に住所や氏名を記した札を貼り、それが貼られている間は、そこにお参りしているのと同様の功徳を受けられるという民間信仰である。「千社札(せんじゃふだ)」という名称でよく知られており、千社札文字という独特の書体が使われたお札が、社殿などの天井や柱に貼り付けられているのを見たことがあるだろう。このような納札方法を、正しくは題名納札という。千社詣の愛好家は、この名入りの札に色柄や摺りなどの趣向を凝らし、愛好家同士で名刺交換のように引き替える習慣があり、交換納札と呼んでいるそうだ。このような題名納札や交換納札といった風習が、いつからか花街の色刷り名刺の名称に使われるようになった。

 花街の「ノーサツ」と聞いて、なぁんだ、心乱される方の「悩殺」が由来ではないのかと、含み笑いされた方もおられるのではなかろうか。


祇園の中心にある仲源寺(東山区)は、「納札」や「ノーサツ」が所狭しと貼り付けられている。暴れ川だった鴨川の洪水を防ぐ雨やみ地蔵が古くから信仰されてきた寺院である。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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