ひなの節句は別名「草餅の節句」ともいわれてきた。昔の草餅は蓬(よもぎ)ではなく、蒸した鼠麹草(ほうこぐさ)を入れて搗いた餅で、日本では9世紀ごろからつくられていた記録が残っている。鼠麹草は和名で母子草(ははこぐさ)とも呼ばれ、漢名で鼠麹菜(そきくさい)という。古風の読みでは(「ほうこ」を「ははこ」の音便ととって)「鼠麹(ほうこ)」の音を「母子(ははこ)」と通わせ、草餅を女子の祝いの食べ物として珍重していたという。しかし、室町時代になると、今度は逆に「母子」を同じ臼と杵で搗く、と通じることが縁起がよくないと嫌われるようになってしまい、鼠麹草ではなく、蓬が代用されるようになった。この蓬餅が現代の草餅として受け継がれたわけである。鼠麹草も、蓬も、身近なところで入手できる薬草の一種であり、季節の節目に厄除けとして食べることが広く定着した。

 京都の草餅は、一年を通した節目(節句)の和菓子として浸透しており、特に蓬の生葉が手に入る三月には、おまん屋さん(餅菓子屋)の店先に草餅が一斉に並ぶ。草餅と蓬餅を区別する明確な定義はないようだが、勝手に大別すると、次のようになるのではないだろうか。

 まず、草餅は餅米を粒のまま蒸し、蓬を餅米と搗き混ぜ、できた餅に粒餡を包み込んで、大福餅風に仕立てたもの。一方、蓬餅は粳米(うるちまい)の粉をベースに蓬を練り混ぜ、比較的繊細な生地を使っている。この生地を丸くのばして粒餡を挟み、二つ折りの状態にし、表面にきな粉を振りかけたり、まぶしたりしたものが、蓬餅の主流である。味はいずれも甲乙つけがたい。山に囲まれた京都は、どの道で山越えしても、途中には峠の茶屋がある。そして、必ずといっていいほど、搗きたての草餅や草団子が名物になっている。そのような山間の茶屋でいただく草餅は格別だ。それ食べたさに、狭い峠道をドライブする人たちも少なくない。


嵐山方面の草餅では有名な、松尾大社門前にある松楽のよもぎ餅。一口で食べられる小振りサイズ。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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