おひなさんの日の料理には、昔はどの家庭でも同じようなものを用意していた。ささがれ(笹ガレイ)の焼きもの、蜆汁、巻き寿司。そして「ばらずし」である。「ばらずし」は「ちらし寿司」と誤解されやすいが、どちらかというと、五目寿司や混ぜごはんに近いものである。現在の京都ではいろいろ盛り付けた贅沢な「ばらずし」が食べられるけれど、おひなさんの「ばらずし」は、お母さん手づくりの素朴な味わいが基本になっている。

 具の定番は、酢に漬けたちりめんじゃこ、甘めに炊いたかんぴょうと椎茸、高野豆腐など。これらを酢めしと混ぜ合わせ、うえから錦糸卵をふりかける。さらに、細切りにした椎茸の煮付けや筍、酢蓮根、紅生姜、木の芽などを添えれば出来上がりだ。一般的なちらし寿司のように、刺身やにぎり鮨の種を盛り付けたりはしない。お店で「ばらずし」を頼んでも、生魚を盛ることはあまりなく、焼穴子と海老が加えられるぐらいだろう。京都府の日本海側にある丹後地方では、木箱に入った「ばらずし」が有名である。これには、おひなさんのばらずしに入れた酢漬けのちりめんじゃこの代わりとして、名物の鯖の身をすり潰し、炒り煮にしたおぼろが入っている。とてもおいしい。

 京都では押し鮨のように箱やお重につくった「ばらずし」を、切り分けるようにしてお皿に移していただく食べ方が一般的である。だから、「ばらずし」の語源には、皿に盛ったときにばらけるから、という説がある。『日本国語大辞典』の解説には、「押し鮨、握り鮨などに対し、鮨飯をばらばらにしたままなのでいう」とある。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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