ひとりの女子高校生が考案した「痴漢抑止バッジ」が話題となっている。

 高校に進学した女子生徒は、通学の電車のなかで毎日のように痴漢の被害に遭うようになった。駅や警察に相談したが、不特定多数の痴漢に効果的な対処法はないと言われた。

 防犯グッズを使ったり、電車内で立つ場所に注意したりして、痴漢に遭わないように自分にできることはしたが、一向に被害は止まない。勇気をだして声を上げても、周りの人は誰も助けてくれなかった。

 このまま痴漢の被害に遭い続けたくないと考えた女子高生は、母親と一緒に1枚のカードを作った。

 「痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません!」

 そう書いたカードをラミネート加工して、後ろに立つ人によく見えるようにカバンのストラップにつけたところ、痴漢の被害がピタッとやんだ。以来、痴漢の被害に遭うことはなくなったという。

 痴漢などの性犯罪を行なう人は、その理由を「逃げなかったから喜んでいると思った」「相手が誘ってきた」「声を上げなかったから大丈夫だと思った」など、被害者に責任転嫁する傾向にあるという。あえて声を上げそうもない大人しそうな人を選んで痴漢行為をしているとも言える。だからこそ、「私は泣き寝入りしない」と、事前に宣言することで、痴漢を予防する効果を発揮したのだ。

 こうした実証効果を受け、2015年11月、インターネットを通じて寄付を募り、カバンにつける痴漢抑制バッジを作るクラウドファンディングのプロジェクトが始まった。順調に寄付が集まれば、バッジのデザインを公募して、痴漢の被害に悩む女性たちに広く使ってもらえるようにするという。

 当初、寄付金の目標額は50万円だったが、新聞などで取り上げられ、多くの人の共感を呼んだ結果、2016年1月21日現在で、当初予定を大きく上回る98万7000円が集まっている。募集期間は2016年2月1日までなので、まだまだ寄付は伸びそうだ。

 こうしたプロジェクトが注目を集めるのは、それだけ電車内での痴漢行為に悩む女性たちがいることの現れでもある。

 警察庁によると、全国の警察が都道府県迷惑防止条例違反で検挙した痴漢の件数は3439件(2014年)。そのうち283件が電車内での悪質なもので、刑法の強制わいせつ罪に問われている。痴漢での検挙件数は、10年前の2006年に比べると700件以上減っているとはいえ、統計に出てくるのはあくまでも検挙された件数だ。

 「痴漢に遭ったことを人に話すことすら恥ずかしい」「痴漢に遭っても通報していない」と言う人もいて、声を上げられずに泣き寝入りしている女性たちがこの何倍もいることは想像に難くない。

 電車内での痴漢行為は性犯罪だ。これまでは、社会のほうに「痴漢ぐらい」と軽く受け流す雰囲気があったのではないだろうか。しかし、痴漢の被害を受けて心に深い傷を負っている女性たちがいるのに、いつまでもこの状況を許しておくことは、社会が問われることになる。

 反対に、痴漢の被害に遭った女性に対して「隙があったのではないか」「自意識過剰」といった心無い言葉を投げつける人もいる。しかし、痴漢は犯罪なのだ。

 責められるべきは、痴漢行為を行なった犯罪者で、被害者を責めるのはお門違いだ。まずは「痴漢は犯罪」という意識を社会全体で共有し、犯罪者に対して厳しい目を向けていくことが必要だ。

 「痴漢抑制バッジ」が、そのきっかけとなり、一日も早く痴漢で悩む女性たちがいなくなることを願いたい。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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