「どぼづけ」とは、野菜の糠漬けのこと。辞書にある関西での正称は「どぶづけ」となっている。糠に塩と水を混ぜて発酵させた糠味噌を、日ごとかき混ぜて風に触れさせ、水気が多ければ、塩を加えてご機嫌をうかがったり。近年までは台所を預かるものが、何代にもわたって面倒をみることが当たり前だった。

 一般に、糠味噌の床のことを「糠床」と呼ぶけれど、かつて京都では「エェ」と呼んでいたそうである。口頭で聞いた話なので、今となっては真偽が定かでないのだが、昔の京都人のあいだでは、「どぼづけの“エェ”の機嫌がよーて、色ようつかっとるわ」みたいな感じで、話されていたようだ。昭和の半ばぐらいまでに建築された木造住宅の多くは、台所の板の間の床板は「揚げ板」という構造になっていて、数枚の床板を外せるようにしてあった。その床下は陽の射すことのない冷暗所なので、「どぼづけのエェ」をはじめ、おばんざいの食材になる野菜や乾物、ほかの漬け物の甕(かめ)などの保存に適した場所だった。

 暑い夏の食卓には、胡瓜や茄子の「どぼづけ」は欠かせないもの。どちらの野菜も年中手に入るからこそ、太陽の光をいっぱいに浴びて、みずみずしく、味の濃い旬のものが、余計においしく感じられる。ちょうど手に入れば、茄子は表皮が薄く、肉質の柔らかい「山科なす」という品種が「どぼづけ」に向いている。この品種は元来の露地もので、大量出荷に適していなかったため、一時途絶えていた。昭和の初めごろまでは、京都の茄子といえば「山科なす」のことだったそうである。現在は品種改良が行なわれ、栽培が復活し、以前とほぼ同等の味わいが楽しめるようになっている。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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