「すべての悩みは対人関係の悩みである」
 「『あの人』の期待を満たすために生きてはいけない」

 フリーランスライターの古賀史健(ふみたけ)氏と哲学者の岸見一郎氏が、アドラー心理学を紹介した自己啓発本、『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)がベストセラーになっている。

 アルフレッド・アドラーは、1870年にオーストリアで誕生した精神科医で、フロイト、ユングと並ぶパーソナリティ理論や心理療法を確立した心理学者でもある。だが、フロイトが心に負った傷(トラウマ)が人生を決定づけるという「原因論」に立っているのに対して、アドラーはトラウマを否定。

 人は、なんらかの目的を達成するために、過去の出来事を利用し、感情をねつ造するという「目的論」を展開する。感情や過去に支配されて行動するのではなく、その人自身が過去の出来事をどのように意味づけするかによって現在が決まっていくという考え方だ。

 『嫌われる勇気』は、人生に迷う「青年」と、それを導く「哲人」との対話形式の物語を通じて、「すべての悩みは対人関係にある」「承認欲求を否定する」「自分と他者の課題を切り分け、他者の課題には踏み込まない」といった難解なアドラー心理学を分かりやすく紹介している。そして、青年と哲人との問答を続けながら、「嫌われる勇気」をもつことができれば、「人は変われる」「人はいま、この瞬間から幸せになれる」という答えに導くという展開となっている。

 要は、「人生は気の持ちよう」。「周りを気にせずに、自分の信じた道を進めばいい」と言っているわけだが、今、こうした啓発本がベストセラーになる背景には、ソーシャルネットワークサービス(SNS)の発達もあるだろう。

 たとえば、facebook(フェイスブック)では、クリックひとつで、友達になったり、友達をやめたりと忙しく、自分のコメントに対する「いいね!」の数を競い合う。自分の存在を認めてもらいたいという「承認欲求」のために、自分を演出するといったことが行なわれる。そうしたSNSでの人間関係に疲れた人たちに、「自由とは他者から嫌われることである」「対人関係のカードは常に『わたし』が握っている」といったアドラーの言葉は刺さるのかもしれない。

 だが、『嫌われる勇気』を読み、その中から自分の不安を解消する言葉を見つけるだけでは、アドラーが否定する「承認欲求」を求めるのと同じような気もする。

 本当に「変わりたい」「幸せになりたい」のならば、アドラーの思想を真に理解し、実践する必要があるだろう。『嫌われる勇気』では、哲人はこう述べている。

 「世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ『わたし』によってしか変わりえない」と。

 幸せになるために。あなたは「変わる」ことができるだろうか。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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