のらりくらりとしてつかみどころのない人を「ジュンサイな人」や「ジュンサイ」と称する。また「いい加減」という意味でも使われていたという。語源は食材の「蓴菜(じゅんさい)」である。京料理でお吸い物などによく使われる蓴菜の、表面がぬるぬるして箸で挟みにくいところからたとえられるようになった。

 美食家として知られる陶芸家・北大路魯山人(きたおおじ・ろさんじん、1883~1959)は、著書『魯山人味道』(中公文庫)で、「京の洛北 深泥池(みぞろがいけ・みどろがいけ、北区)の産が飛切(とびっき)りである」と、生家に近い場所で採られる蓴菜を絶賛している。そして、それ自体はたいしてうまいものでもないが、ぬめぬめとした粘液体の量で価値が決まる、と続けている。

 蓴菜は古い池や沼に生えるスイレン科の水生植物で、食用にするのは、盛期を迎える5月ごろから夏の間に生じる新芽の部分である。若い芽と葉が細く巻かれた状態になっている新芽は、無色透明で卵白のような寒天質に包み守られている。深泥池は、京都盆地の北端の住宅地にひっそりとある古代からの池である。ここは1927(昭和2)年に水生生物群落が国の天然記念物として指定され、1988(昭和63)年には動物も含む生物群集に指定が拡大された。世界中でここだけにしかないビオトープ(生物生息空間)が守られている場所であり、蓴菜も他地域のものと質が異なって当然なのである。

 1990年代後半までは、夏になると、タライ2個を並べたような筏に乗り、棒先で水中の蓴菜を収穫する様子が深泥池で見られたという。その後、外来生物や水質悪化の影響で生態系は危機的状況に陥った。近年はボランティアの方々のご尽力により、再び水面を覆うような蓴菜の姿が見られるようになりつつある。いつかまた深泥池産の蓴菜を味わえる日が来るかもしれない。

深泥池の水面をジュンサイの葉が覆うように育ちつつある。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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