国際結婚の増加とともに、1970年代から問題が指摘されるようになったのが国境を越えた「子どもの連れ去り」だ。

 国際結婚した夫婦が不仲になって離婚した場合、夫婦のどちらか一方が相手の同意を得ずに子どもを自国に連れ帰り面会させないといったことが起こるようになった。その結果、連れ去られた子どもは、片方の親や友人たちと会えなくなったり、環境の異なる生活に戸惑ったりして、利益が阻害されることになる。

 そこで、国境を越えた「子どもの連れ去り」に国と国とが連携して対処するために、1980年10月につくられたのが「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」だ。オランダのハーグでつくられたことから、通称「ハーグ条約」と呼ばれている。

 日本では、2011年からハーグ条約の締結に向けた準備が始まり、2013年に国内法が整備されたのを受けて、2014年4月1日から発効された。その結果、日本国内で暮らしていた夫婦が離婚し、外国人の親によって海外に連れ去られた16歳未満の子どもについて、返還や面会、居場所の確認などを国の中央機関(外務省)に援助申請ができるようになったのだ。離婚後も外国で暮らしている場合、これまでは渡航制限のあった子どもとの一時帰国も、ハーグ条約に加盟すれば許可される。

 子どもの返還に関しては、発効日の4月1日以降の事例から適用されるが、居場所の確認や面会などは国の援助が受けられる。

 だが、ハーグ条約は、子どもの親権を決めるためのものではなく、あくまでも監護者を決める裁判をどちらの国で行うかを決定する仕組みだ。そのため、子どもが連れ去られた場合は、いったん元の居住国に戻し、その国で法的手続きが取られることになる。

 元の居住国で親から虐待を受けていたようなケースでは返還を認めない、子ども自身が返還を拒む場合は年齢や状況に応じて子どもの意志を尊重するなどの配慮も設けられている。とはいえ、返還拒否の例外規定は厳しく、子どもと引き離されることを恐れる親もいる。日本では、離婚すると子どもの親権はどちらか一方の親が持つことになるが、欧米では共同親権の考え方が一般的だ。日本人女性の場合は、外国人の夫のDV(家庭内暴力)被害から逃れるために子どもを連れて帰国する事例も多く、親権に関与しないハーグ条約だけで解決するのは難しいと見る向きもある。

 ハーグ条約の前文には、「子どもの利益が最も重要であることを深く確信し」といった言葉がある。条約への加盟によって、親による子どもの奪い合いといった悲しい出来事をなくすことはできるのか。今後の運用を注意深く見守りたい。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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