麦代餅とは、餡を餅で包み、豆や麦の粉を散らした素朴な餅菓子のこと。店によっては、ひなびた風情の茶菓子として提供しているところもあるが、本来は気取った菓子ではない。昔、京都市内やその周辺の農村には、田植えや麦刈りで忙しいとき、昼食代わりや野良仕事の間食に、漉し餡を包んだ大振りで長めの餅を食べる習慣があった。そして、農繁期に食べていた餅の代金を、半夏生(はんげしょう、7月初め)の頃に刈り取った麦で支払っていた。そのため、この餅菓子のことを麦「代」餅と書くようになったという。地域によって麦「手」餅と書くところもあり、いくつかの違う形態の食べ方が伝わっている。たとえば、京都市西部の洛西や北部の洛北では大きな餅で餡を挟むように包んだものが一般的で、下鴨(左京区)や八瀬(左京区)の辺りでは編み笠形。南のほうの山城周辺では、餡入りの大福のような餅を「むぎてもち」と呼んでいる地域があるそうだ。また、草刈りに使われる鎌の形をした鎌餅(かまもち)というのもあり、これは「むぎてもち」をもとにしてつくられた菓子とのこと。

 七十二候に「麦秋至」(むぎのときいたる)ということばがある。秋という文字には収穫期という意味があり、麦にとっては5月下旬から梅雨入りぐらいまでがこの時期にあたる。「麦秋至」といえば、映画監督小津安二郎の作品『麦秋(ばくしゅう)』で見た、見事な麦畑のシーンを思い浮かべる人もいるのではないだろうか。


京都でもっとも知られている中村軒(西京区)の麦代餅。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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