京都の通りは、碁盤の目のように整然と交差した道である。マルタケエベスは、東西に抜ける通りの名前のおぼえ唄で、漢字で書くと「丸竹夷」となる。夷は京都風に「エベス」と訛らせて読む。おぼえ唄はわらべ唄特有の節回しで、京都御所の南側の丸太町から竹屋町、夷川と、北から南に続いていく。

 「丸竹夷二押御池、姉三六角蛸錦、四綾仏高松万五条」
 (マル タケ エベス ニ オシ オイケ、アネ サン ロッカク タコ ニシキ、シ アヤ ブッ タカ マツ マン ゴジョウ)

 と、この五条通までは、京都育ちなら子どもでも歌えるところ。そして、唄はさらに続く。

 「雪駄 ちゃらちゃら 魚の棚 六条 三哲とおりすぎ 七条こえれば 八 九条 十条 東寺でとどめさす」
 (セキダ チャラチャラ ウオノタナ ロクジョウ サンテツ トオリスギ ヒッチョウコエレバ ハチ クジョウ ジュウジョウ トウジデ トドメサス)

 前半に比べると、後半は気さくな印象である。チャラチャラとは鍵屋町のことで、三哲は塩小路の旧名である。三哲とは、人の名前に由来する名称であったらしい。七条をヒッチョウ(ヒッチョ)と発音するあたりが京都人らしいといえようか。

 南北に抜ける通り名のおぼえ唄「寺御幸」(てらごこ)もある。京都で受け継がれている唄は昔の人のいろんな歴史が詰まっている。例えば、以下の「洛陽観音巡り」は、昔の信仰あつき人々の名所巡りがおぼえ唄になっている。

 「六角や誓願寺図子(ずし)、下御霊(しもごりょう)、革堂(こうどう)過ぎて吉田、黒谷(くろだに)、長楽寺から壹(いち)二ヶ所、清水に五ヶ所、六波羅、さて愛宕寺 大仏や泉涌寺(せんにゅうじ)二ヶ所、今熊を伏見街道九条へぞ出る 東寺より松(松原)西東蛸薬師、出水(でみず)、下立売(しもだちうり)二ヶ所、かい川 東向観音過ぎて天皇寺、清和院にて札ぞ納る」

 この唄に沿って京都散策ができるようなら、かなりの京都通といえそうである。


京都のソウルフードの一つ、錦市場・冨美家のうどん。商品を入れる紙袋には通り唄がかわいらしく印刷されている。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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