こじつけに近いようなことば遣いで、調子や感情の微妙な動きを楽しむところには、京ことば独特の面白さがある。例えば、「よくいらっしゃいました」という来客を迎えることばとして、京都では「オコシヤス」と「オイデヤス」という二つのあいさつがよく使われる。漢字で書くと、「御越やす」と「御出やす」となる。どちらも丁寧なことばであり、使い方に上下関係があるわけではない。しかし、久しぶりに訪ねた小料理屋で、「オコシヤス」と出迎えられれば、ほっとするのはなぜか。

 「オコシヤス」は、心待ちにしていた来客や常連客に対して使われることが多いあいさつだからである。一方、「オイデヤス」は、一見(いちげん)の客や思いもよらない来訪に使われることが多い。もし、突然訪ねた所で「オイデヤス」と出迎えられたなら、長居は無用と機転を利かせ、早々と退散すべきかもしれない。

 「オコシヤス」と似た調子で使われるあいさつに、「オシマイヤス」ということばがある。これは「こんばんは」と同じく、帰り道や夜道で交わされるあいさつである。しかし、「オシマイヤス」は通り一遍の実意のこもっていないあいさつではなく、ねぎらいの気持ちをこめた、優しさのある通りすがりのやりとりなのである。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
ジャパンナレッジとは 辞書・事典を中心にした知識源から知りたいことにいち早く到達するためのデータベースです。 収録辞書・事典80以上 総項目数480万以上 総文字数16億

ジャパンナレッジは約1900冊以上(総額850万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。 (2024年5月時点)

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る