夏の間、ここかしこで見かける和菓子で、小麦粉と卵の焼き皮で求肥(ぎゅうひ)を包み込み、鮎(あゆ)の容姿を真似たものである。焼き皮で包む中味は、京都では求肥だけが一般的であるが、求肥とこし餡、こし餡や白餡だけなどの種類がある。それでも、食べ慣れた求肥だけの淡い甘さをもちもちとかみしめるのが一番おいしく感じられる。「あゆ」「あゆ焼き」「やき鮎」などといろいろな名称で呼ばれており、原型になったのは岡山銘菓の「調布」ということである。

 祇園祭のときには「吉兆あゆ」という名称に変わり、山鉾(やまぼこ)の一つである占出山(うらでやま)のお飾り場で売られている。占出山のご神体は神功皇后で、皇后が新羅への遠征の際、戦勝なら魚がかかるだろうと祈願し、鮎がかかり願いが叶えられたという吉兆故事に由来した山である。鮎の字は、「魚」偏に「占」うと書く。まさに占出山の吉兆故事そのものであり、この時だけに売り出す吉兆あゆという名前をいただいたわけである。

 この吉兆あゆは、ふっくらとした焼き皮にもっちりとした求肥がよく馴染んでおり、ほかの若あゆとは一線を画す出来栄えである。それもそのはずで、吉兆あゆを手がける大極殿本舗(だいごくでんほんぽ)は、長崎で修行した二代目が、1895(明治28)年から焼きはじめたというカステラの老舗であるから、焼き皮が特別なのは当然なのだろう。

 京都で暮らしはじめて間もないころ、「あゆ、こぉて」と母親にねだる小さな子どもに出くわしたことがあった。「はて」と首をかしげながら親子のほうを振り向くと、おまんやさん(ふだん使いの和菓子の店)に入る親子の脇に「若あゆ」という売り出し中の張り紙があった。それから幾度となく、幼いころから洋菓子には目もくれないような和菓子好きの京都っ子の姿に驚かされている。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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