新生活や人事異動、あるいは陽光に誘われるままにと、とかく「うごく」季節である。
 動くことを表すことばの一つに「イノク」という言い方がある。一般的には、漢字で「居退く」と書き、「いた場所からしりぞく」という意味のことばを思い浮かべるはずである。ところが、京都でしっくりとくるのは「うごく」が訛(なま)って「イゴク」になり、さらに「イノク」へと変化した方言のほうである。

 掃除をして邪魔なので少し脇(わき)によってほしければ、「ちょっと、イノイてんか」という風になる。「イノク」とは、静かに少しだけ動くという意味で使われることばである。さらに、もう少し語気を強めたいときは、「そこ、ノイてんか」という具合である。実は、これよりもさらにきつい言い方があり、「そこ、イゴイてんか」なのである。こうなると、言ったほうも、言われたほうも、心中穏やかではない。「イノク」「ノク」「イゴク」という風に、意味は同じでも、内心考えていることは、徐々にきつくなっていくわけである。



鴨川の春の様子。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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