陰暦10月の亥の日に食べる餅のこと。平安時代から江戸時代までの間、宮中では大豆、小豆、ささげ、胡麻(ごま)、栗、柿、糖(あめ)の七種の粉でつくった猪の形の餅を食べ、無病息災を祈ることを年中行事としていた。亥は動物の猪に当たることから、猪(いのしし)の多産にあやかり、子孫繁栄を祈願する意味もあった。中国の言い伝えがもとになった行事で、玄猪(げんちょ)ともいう。
 中世以降の日本では、亥の子の日に収穫祭を催すことが盛んになっていった。新穀でついた餅を神仏に供えて皆でも食べ、子どもたちはわら束で地面を打ち回ったそうだ。わら束を打って万病をはらい、子孫繁栄を祈るまじないであったという。
 亥の子餅は古くからの縁起物とはいえ、いまも11月が近くなると、おまんやさん(餅菓子店)の店先に並ぶ人気菓子の一つである。胡麻(ごま)や栗などのさまざまな種子や果実の風味を豊かに含んだ独特の香りや食感があり、好物にあげる甘党も多い。
 江戸時代以降、亥の子の日は冬支度の始まりでもあった。一般の家ではこたつや火鉢(ひばち)を出し、暖をとる準備をこの日に行なう習慣があり、暮らしが秋から冬へと変わる節目になっていた。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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