暑さ寒さも彼岸まで、とよくいうけれど、秋空が爽やかに澄み渡れば、天高く馬肥ゆる秋の到来である。京都の秋は眺めてよし、食べてよし。「虫養いに、お団子でも食べたいなあ」とくれば、「団子もええけど、うどんもええなあ」といった具合である。一時の空腹をしのぐのに忙しい。虫養いとは、無性にわいてくる食欲を抑える行動やそのための軽食そのもののことをいう。標準語では「虫おさえ」というのだが、直接的な表現で味気ない。反対に食欲が転じて、性欲やそのほかの欲求を一時的に満たすという意味で使われることがあるという。
 京都府北部の丹後地方の機屋(はたや)さんで「ムシヤシナヤ」という、意味が同じ似た言葉を聞いたことがある。以前よく使っていたという老齢の職人によれば、「粗末なものだけれど、一時しのぎに」と、軽食やおやつというよりも控えめな感じで使うことが多かったそうだ。
 室町時代に書かれた中国の辞書の注釈・講述書『玉塵抄』(ぎょくじんしょう)には、虫養いがこのように記述されている。
 「尊宿(そんしゅく)長老などに酒をかんをして果子肴をすすむるを叢林(そうりん)のことばに虫やしないの薬と云」(『日本国語大辞典』より)
 「尊宿長老」とは年老いた徳の高い僧や有徳(うとく)の長老のこと。「果子肴」とは間食や酒の肴(さかな)のこと。「叢林」は主に禅院を指す言葉である。では、徳の高い僧侶に空腹感を抑えるための「虫やしないの薬」を勧める意味とはなんであろう。厳しい修行を離れ、時に人間らしくほっとすることも大事である、と諭されているように感じられるのだが、いかがだろうか。

   

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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