『日本近代文学大事典』と私

刊行から40年以上を経て、増補改訂デジタル版としてジャパンナレッジで公開した『日本近代文学大事典』。その改訂作業に携わった編集委員や、旧版の項目執筆者、愛用者のみなさまが “大事典への思い” を綴ってくれました。

大事典が検索できることの意義

こうとばこうじ

私が『日本近代文学大事典』(以下、大事典と略記)を購入したのは、博士後期課程に入って半年、一九九六年九月のことだった。早稲田通りで行きつけの平野書店などに大事典の在庫はなく、渋谷の中村書店で見つけて、店でも使っているからあまり売りたくないという四万五千円のセット(附録地図欠)を購入したのだった。
以来、新聞で作家の訃報を見つけると切り抜いて大事典に挟み、個人的なレファレンスとして重宝していた。しかし、検索ツールが便利になるにつれ、大事典を使う機会は減っていった。
現在、作家や雑誌について調べる時には、大事典を収録する予定のJapanKnowledgeをはじめとするオンライン資料で当たりをつけてから、図書館の書庫に入るのが習慣である。

大事典の索引と『明治文学全集』の総索引は、紙のカードで作られた時代の末期の労作だが、今回のデジタル版には、紙の事典以上の可能性が見出せる。
例えば「安部公房」で検索した場合、人名では、関係する芥川比呂志、安部公房、石川利光、磯田光一、大島栄三郎、奥野健男、倉橋健、千田是也、高野斗志美、野間宏、長谷川龍生、花田清輝、真鍋呉夫、村松剛、それに新規項目のドナルド・キーンがヒットする(下線は第六巻の人名索引採録分、以下同様)。意外なところでは、耕治人が「戦後いち早く作家活動を開始、いわゆる「第二の新人」、第二次戦後派とよばれた堀田善衛、安部公房らと同時に文壇に登場した」(遠藤祐)ということなど、今日では忘れられた事実であろう。
また、永山一郎の「作風は島尾敏雄、安部公房的な超現実主義と暗い土着とを統一的に表現しようとしたユニークさにみち」(奥野健男)ていたという評価なども歴史的なものだ。

事項でのアヴァンギャルド、SF、外国の日本近代文學研究(戦後)、記録藝術の会近代劇近代文學と映画、劇団雲、劇団青俳、実験小説、戦後の文學、戦後派文學、叢書、日本近代文學とカフカ、日本近代文學とブレヒト、日本近代文學にあたえた中国文學の影響、日本近代文學にあたえたドイツ文學の影響、日本近代文學の欧米への影響、俳優座、民主主義文學あたりのヒットは予想の範囲内だろう。
思いがけないのは「近代文學と明治維新」で、「安部公房の『榎本武揚』(小説・戯曲)、大岡昇平の『天誅組』も指を屈すべき作品であろう」(稲垣達郎)とされている点である。また、「日本近代文學とヘンリー=ミラー」で、「「ミラーは性的であろうと欲したのではなく、ただ全人的であろうと欲しただけだ」という安部公房の批評(『被告席から』昭40 講談社刊『沙漠の思想』所収)は最も的確にミラーと日本現代文学との交流関係を代表するものであろう」(田中西二郎)とされているのも面白い(『沙漠の思想』とあるのは、『砂漠の思想』が正しい)。

新聞雑誌では、「希望」(エスポワール)、「近代文學」、「現在」、「現代藝術」、「個性」、「次元」、「人民文學」、「世界」、「世界文學」、「総合」、「綜合文化」、「波」、「人間」、「表現」、「文學季刊」、「文學評論」、「列島」と執筆誌が並ぶが、「詩人」で「安部公房らの作品特集紹介を組んだりした」(原崎孝)とされるのは誤りである。
ともあれ、以上のヒット項目を手がかりにすれば、この作家への様々なアプローチが考えられるだろう。

もちろん、大事典での調査はそれで完結するようなものではない。ただ、検索可能になることによって、今まで見えなかったつながりが見えやすくなってくる。デジタル検索によって、アナログ資料の探索可能範囲と活用の可能性は確実に広がっているのだ。

(早稲田大学教授)

『日本近代文学館』館報 No.304 2021.11.15掲載

※この連載は日本近代文学館 館報の「『日本近代文学大事典』と私」の転載です。
執筆者の所属・肩書きは掲載当時のものです。

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