病気やけがなどで失われた身体機能を回復させるために、幹細胞などを用いて治療に必要な細胞や組織を体外で作製(加工)し、それら細胞加工物を体内へ投与する医療のこと。端的にいうと、細胞の力を借りて病気を治療する(組織や臓器を再生する、あるいは再生を補助する)医療ともいえる。
再生医療を概説するにあたり、再生医療分野でしばしば用いられる専門用語について、あらかじめ触れておきたい。
幹細胞:次の大きな二つの特徴、すなわち、ある細胞から同じ細胞を生み出す能力(自己複製能)と、異なる細胞を生み出す能力(分化能)をあわせもつ細胞のこと。体内にもともと存在している幹細胞(体性幹細胞)のほか、人工的につくられる幹細胞(胚(はい)性幹細胞や人工多能性幹細胞)もある。
多能性幹細胞(pluripotent stem cells):無限に細胞が増える性質と、身体のあらゆる細胞へ分化する能力(多分化能)を有する幹細胞のことで、胚性幹細胞(ES細胞)と人工多能性幹細胞(iPS細胞)がその代表格である。
間葉系幹細胞:生体内のさまざまな組織には幹細胞が含まれる。それらを総称して、体性幹細胞(または組織幹細胞)という。体性幹細胞は、細胞増殖能や分化能が限定された幹細胞である。間葉系幹細胞は体性幹細胞の一つで、生体内の脂肪組織、骨髄、歯髄や胎盤の臍帯(さいたい)などから比較的容易に採取することが可能であることから、再生医療に広く応用されている。
加工:疾患の治療目的のために使用する(ヒトへ投与する)細胞において、その細胞の培養(増殖)、活性化、分化誘導などを行うこと。また、加工により作製され体内へ投与する段階のものを「細胞加工物」や「細胞・組織加工製品」という。
再生医療に用いる細胞は、患者の自己由来(自家移植)の細胞と、他者(同種)由来(同種移植)の細胞に分けられる。自家移植の場合、自身の身体組織から細胞を採取し、加工(細胞を増やすなど)した後、自分自身へ投与する。同種移植では、あらかじめ他者から得られた細胞を加工・保存し、適切な時期に投与する。
再生医療は、細胞のおもに次の二つの特性(働き)に期待した医療である。
一つ目は、障害等による欠損や機能低下を生じた部位へ細胞を補充することで、機能を補う働きである。この場合、多能性幹細胞などを、補充したい特定の細胞へあらかじめ加工して投与することも必要になる。たとえば1型糖尿病では、血糖値を下げるホルモンであるインスリンを分泌する膵臓のβ(ベータ)細胞が失われている。そのため、血糖値を感知しそれに反応してインスリンを分泌することができるβ細胞のような機能をもつ細胞が必要となり、再生医療では多能性幹細胞などからβ細胞様の細胞をつくり、体内へ投与する試みが行われている。
二つ目は、投与する細胞が分泌する因子による効果を期待するものである。たとえば、身体のさまざまな組織内に存在する間葉系幹細胞は、炎症を抑える働き(抗炎症)、血管を新たにつくりだす働き(血管新生)や組織再生を促す作用を有する。さらに、障害を受けた場所へ集まる働き(遊走能)もあるとされる。これらの効果に期待して、急性の移植片対宿主病(graft versus host disease:GVHD)への間葉系幹細胞投与が行われている。GVHDは、骨髄移植などでドナー(同種)の造血幹細胞を移植する際にドナー由来のリンパ球が引き起こす合併症であり、移植後早期におこる急性GVHDの重症例(複数の臓器に重篤な障害が生じ治療に抵抗を示す例)では間葉系幹細胞による治療が期待されている。
一般的に、再生医療では多くの細胞数を必要とすることと、治療対象となる組織、臓器にあった細胞種を準備することになる。そのため再生医療の分野では、増殖能力が高い細胞として幹細胞が着目される。さらに、幹細胞は自己以外の別な細胞をつくりだす能力(分化能)を有することも大きな利点である。
身体の組織内に存在するさまざまな体性幹細胞は、それぞれの組織特有の性質をもち、通常、組織の恒常性の維持に寄与している。体性幹細胞は、分化能と増殖能に制限のある細胞特性を有しているが、患者自身から得られる細胞として自家移植の再生医療に活用されている。
一方、幹細胞のなかでも非常に高い細胞増殖能力とあらゆる細胞へ分化する能力(多分化能)をあわせもつ多能性幹細胞として、胚性幹細胞(ES細胞)と人工多能性幹細胞(iPS細胞)が知られている。ES細胞とiPS細胞は、同種移植の細胞原料として、広く多くの人へ届く再生医療への活用が期待されている。
日本では、再生医療およびその開発を行うための制度上の枠組みについて、二つの重要な法律が整備され、細胞を用いたほとんどの医療がこれらの対象となっている。
まず、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法)」では、かねてより本法の対象であった医薬品と医療機器に加え、2014年(平成26)の改正で新たに再生医療等製品が対象となり、細胞製剤としてより早く市場へ送り出す仕組みができあがった。
もう一つの再生医療を実施する枠組みとして、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(再生医療等安全性確保法)」が2013年に新たに整備され、自由診療や臨床研究として実施する再生医療が対象となった。
「再生」の範疇(はんちゅう)ではないが、細胞と遺伝子治療を融合した細胞治療が新たな治療法として期待されている。自己由来の細胞を採取し特定の細胞機能を増強させ投与する治療である。とくに白血病や悪性リンパ腫などの血液の悪性腫瘍(しゅよう)の分野では、患者から採取したリンパ球(T細胞)に対し、がん細胞と闘う免疫の機能を増強させるため、がん細胞を認識するための人工的なタンパク質(キメラ抗原受容体:CAR)を付与し強化したT細胞(CAR-T細胞)を用いたCAR-T療法が新たな細胞治療として注目されている。CAR-T療法では、まず、患者自身のT細胞を取り出し、がん細胞への攻撃を強化するキメラ抗原受容体(CAR)遺伝子を細胞へ導入する。その後、その自己由来のCAR-T細胞を増やし、患者本人に投与する。CAR-T療法は、がん治療において遺伝子治療の技術を用いた新しい細胞治療法であり、CAR-T細胞などの細胞製品は、日本においては医薬品医療機器等法のもと一定の効果や安全性が確認され、公的医療保険の対象となっている。
このほか、ヒト多能性幹細胞研究の分野では、近年、疑似臓器(オルガノイド)研究が進んでいる。再生医療的観点から臓器を代替するというレベルにまではまだまだ達していないが、短腸症候群など従来の外科的治療も含めた複合的アプローチでも治療が難渋する症例に対して、次々世代の再生医療として研究開発の意義は大きい。今後の再生医療研究の進展に伴い、現時点では想定できない新たな治療法がみいだされる可能性がある。