耳の軟骨の振動を介して音を伝える新しい伝導様式。2004年(平成16)に日本人研究者によって初めて発見された。
耳の軟骨、とくに耳珠(じじゅ)に振動子(電気の力で振動する部品)を接触させると、気導(通常の聴覚経路)や骨導(骨伝導)で聞くときより、大きな音ではっきりと聞こえる。これまで音の伝導様式は気導、骨導に分けて考えられてきた。しかし、軟骨伝導の聴覚特性は、気導あるいは骨導とは異なる特徴を有しており、両者とは異なる伝導様式である。
軟骨伝導で内耳まで音が伝わる経路は理論的に、①振動子から発生した気導音が気導で伝わる(直接気導経路)、②耳の軟骨が振動することで外耳道内に音が発生し、その音が鼓膜、耳小骨を通して内耳に伝わる(軟骨気導経路)、③耳の軟骨の振動が頭蓋骨(とうがいこつ)に伝わり、骨導で内耳に伝わる(軟骨骨導経路)のいずれかとなる。①、③はそれぞれ気導、骨導に近い経路であるが、多くの研究結果から、このなかでもっとも軟骨伝動に寄与しているのは②の軟骨気導経路と考えられる。耳の軟骨が振動スピーカーの振動体の役割を果たすことで、直接気導経路より大きな音が軟骨気導経路で外耳道内に発生し、鼓膜、耳小骨を通して内耳に伝わり、良好な聞こえが得られる。
軟骨伝導は骨導と同様に振動で音を伝えるが、骨導との大きな相違点は、振動の呈示部位だけでなく、呈示方法にある。用いる振動子は、頭蓋骨よりも質量がかなり小さな軟骨を振動させることができればよいので、小型軽量である。圧着固定は不要で、ヘッドバンドを使用せずに固定することができるので、装用感、審美性に優れている。また、骨導では頭蓋骨を通して左右の内耳に同じ情報が伝わるが、軟骨伝導では左右別々に情報を伝えることができる。
2017年(平成29)、軟骨伝導を利用した世界初の軟骨伝導補聴器が日本で発売された。とくに適しているのは、気導補聴器が使用できず、骨導補聴器が必要となる外耳道閉鎖症である。音ではなく振動で伝えるため、外耳道が閉鎖していても、十分な装用効果を得ることができる。また、骨導補聴器より装用感、審美性に優れており、手術も不要であることから、現在、外耳道閉鎖症に対する治療の重要な選択肢の一つになっている。
また、軟骨伝導は補聴器以外に集音器にも利用されている。公的機関の窓口などでは、イヤホンの使い回しによる衛生面の問題もあり、これまで聞き取りを補助する道具は提供されていなかった。しかし、軟骨伝導のイヤホンは球体の振動子で耳のくぼみに軽く引っかけるだけでよく、穴や凹凸がないため容易に清掃できる利点があり、聞こえを補助する道具として軟骨伝導集音器を窓口に導入する施設が増加している。
このほか、軟骨伝導を利用したワイヤレスイヤホンも販売されている。骨導イヤホンと同様に外耳道を閉鎖しないので、装着していても周囲の音を聞くことができる。