道路敷地内の公共用地に植えられた樹木で、道路法(昭和27年法律第180号)では道路の付属物として並木が位置づけられている。また、道路構造令では良好な交通環境、沿道における生活環境を確保するため、樹木を植栽する区画として植樹帯が定義されている。並木は列状に植栽された高木であるが、道路敷地内の植樹帯には中木や低木も植栽されていることが多く、それらも含めて街路樹とされている。
日本の街路樹は、遅くとも平城京には存在し、750年(天平勝宝2)越中守(えっちゅうのかみ)であった大伴家持(おおとものやかもち)が詠んだ万葉集所載の歌「春の日に張れる柳を取り持ちて見れば都の大路(おほち)し思ほゆ」から、碁盤目状に区画された大路にヤナギが植栽されていたことがわかる。759年(天平宝字3)畿内(きない)七道の駅路に、果樹を植栽するという乾政官符(けんせいかんぷ)(太政官符(だいじょうかんぷ)と同じ)が出された。その背景は、東大寺の僧侶(そうりょ)普照(ふしょう)(生没年不詳)が、租税を運ぶ農民が路上で息絶えることが多いことから、木陰になり果実のなる樹木を道路両側に植えるよう奏上したことによる。ただ、実際は果樹には限らなかったようで、青谷横木(あおやよこぎ)遺跡の山陰道では9世紀後半から10世紀後半のヤナギの街路樹の根が検出されている。江戸時代は、幕府が東海道・中山道(なかせんどう)・甲州道・日光道・奥州道の五街道と、北国街道(ほっこくかいどう)や水戸街道などの脇街道に並木や一里塚を整備し、当時のマツやスギの並木の一部が今日に伝わる。
1867年(慶応3)横浜の外国人居留地と港を結ぶ馬車道にヤナギやマツが植えられたのが、近代街路樹の始まりとされる。同年撮影の馬車道の写真には、アオギリの街路樹も見られ、樹種も植栽間隔も決まりはなかったようである。1873年(明治6)明治政府によって東京の銀座通りにサクラとクロマツが植えられたが、成長が悪く、1880年ころにヤナギに植えかえられ、ヤマカエデも混植されたとされる。1875年近代農学の祖とされる津田仙(つだせん)が八代洲河岸(やよすがし)堀端に、今日街路樹として一般的なプラタナスやユリノキなどの欧米渡来樹種の先駆けとなるニセアカシアを植えた。1906年(明治39)東京市は農商務省林業試験場長の白澤保美(しらさわやすみ)(1868―1947)と宮内省内苑局長の福羽逸人(ふくばはやと)(1856―1921)に街路樹改良の調査研究を依頼し、翌年「東京市行路樹改良按(あん)」が提出されて、プラタナスやユリノキ、ポプラ類、イチョウなど5万本の苗が育成され、1912年から植え付けられて、今日の街路樹の基となった。
1919年(大正8)日本で初めて道路法が公布され、市街地は街路構造令、地方は道路構造令で整備されることとなった。街路には交通機能のほかに電線や上下水道が配置され、また空地として衛生保安上重要であるとして、交差点広場や遊歩道、樹苑、花苑などを設置するとされた。1923年東京市には12種2万5153本の街路樹が整然と植栽され、各通りが特色ある景観美を誇っていたとされる。ところが同年9月1日の関東大震災で壊滅的被害を受け、東京市の街路樹は約1万本になってしまった。ただ、震災時に緑の延焼防止効果によって多くの命が助かったことから、震災復興事業では街路構造令をもとに四列並木や公園道路、交差点広場など多くの道路緑地が整備された。
1943年(昭和18)東京は市から都になり、街路樹は16種9万9384本、植込地内樹木8054本になっていたが、第二次世界大戦によっておよそ3万5000本にまで減ってしまった。戦後復興では、仙台や名古屋、豊橋、岐阜、津、堺、宇部、広島、鹿児島など全国の多くの都市で幅の広い並木道がつくられ、各都市の骨格となっているが、東京の復興計画は大幅に縮小され今日に至っている。1948年(昭和23)街路と道路の区別をなくした現行道路構造令が制定され、都市においても交通機能中心の道路整備が進められることとなった。おりしも日本は1955年から1973年まで18年間、年平均10%近くもの経済成長が続き、自動車も急速に普及した。交通機能優先の道路建設は、1964年のオリンピック東京大会に向けて拍車がかかり、震災復興事業で整備された四列並木の中央二列と遊歩道が高速道路用地となり、交差点広場や橋詰広場が高速道路インターチェンジ用地とされた。交通機能優先の道路のあり方は、1994年(平成6)道路審議会答申でようやく見直され、道路は人と暮らしを支える社会空間であるとして、2001年(平成13)施行の改正道路構造令で緑空間の拡大が明記されたが、依然、第二次世界大戦前の街路構造令の水準には及んでいない。
街路樹の機能は、CO2の吸収・固定と酸素の供給、生物相育成の生物的機能と、遮蔽(しゃへい)や仕切り、防火、緑陰などの物理的機能、五感にかかわる効果や生理・身体的・社会的効果などの心理的機能に区分され、それらが複合的に機能する点に大きな特徴がある。そうした機能のなかで近年の急速な温暖化・ヒートアイランド激化によって世界の都市が競って拡大させているのが樹冠被覆である。道路や建物などに直射日光が当たると、夏期の表面温度は50~60℃になるが、街路樹の樹冠で遮蔽すれば20℃下がって蓄熱を減らし、樹冠下の緑陰効果も大きい。都市の一定面積に占める高木の樹冠で覆われた面積の割合(樹冠被覆率)を30%まで増やせば、暑さに起因する死者数を約40%減らせるとする医学雑誌『The Lancet』の論文もある。近年の日本の多くの街路樹は、歩道幅を基準に樹冠・樹高を抑制する管理が一般的であるが、温暖化・ヒートアイランド激化に対応するためには可能な限り樹冠を拡大させる管理への切り替えが求められる。