市民生活における市民相互の関係、つまり財産関係(売買・賃貸借・不法行為など)と家族関係(夫婦・親子・相続など)を規律する法をいう。財産関係を規律する法がすべて民法であるわけではなく、会社などの企業制度や手形などの商業的取引に関しては商法が、また、労働関係については労働法が、それぞれ独自に発達しており、民法から独立した領域を形成している。したがって、民法は、これらの法の領域を除いた財産・家族に関する領域を規律するものであるといえるが、商業的取引や労働関係でも商法や労働法に規定がない場合には民法が適用されるから、その点において、民法は財産・家族に関する基本的な法(一般法)であるといえる。
民法ということばは、「民法」という名の法典をさす場合もある。両者を区別するために、前述した意味での民法を実質的意味での民法、民法という名の法律を形式的意味での民法と使い分けることもある。実質的な意味での民法は、民法という名の法律(民法典)だけで成り立っているわけではない。不動産登記法、戸籍法など民法典がその存在を予定している法律や、借地借家法のように民法典の周辺を規定する法律などの多くの法律が、実質的な意味での民法に属する。そのほか、実質的な意味での民法に属するものには、譲渡担保のように判例だけで成り立っているものもある。
日本では明治初年ごろから、箕作麟祥(みつくりりんしょう)がフランス民法典の翻訳を行うなど、ヨーロッパに倣って民法典をつくろうとする試みがなされてきたが、1887年(明治20)前後から不平等条約改正のために民法典の編纂(へんさん)が急務であるという機運が高まった。そこで政府は、フランスの法学者ボアソナードを主任として民法典の編纂に従事させた。ボアソナードが起草した民法典は1890年に公布され、1893年から施行される運びとなった。この民法典は、おおよそフランス民法典(ナポレオン法典)に倣ったものであったが、国情にあわないから実施を延期すべきだとする反対論が公布直後から主張され、実施論者との間に有名な論争(法典論争)がおこった。結局、この民法典は実施されることなく終わった。この民法典は「旧民法」とよばれる。
1893年に新たに法典調査会が設置され、穂積陳重(ほづみのぶしげ)、富井政章(まさあきら)、梅謙次郎が起草委員となり、現行民法が起草された。その過程では、ドイツ民法の第一草案が参考とされ、編別などはドイツ民法の方式に倣った。そのため、第二次世界大戦ごろまでは、日本の民法典はドイツ民法の圧倒的な影響のもとにあると考えられていた。しかし戦後の研究では、民法典の起草にあたっては世界中の多くの国の法律が参照されたこと、また、法典の内容についていえば、確かにドイツ民法草案の影響は強いものの、旧民法の内容が表現を変えて維持されている(したがってフランス民法典の影響が残っている)部分もかなり多いことが明らかにされている。
この民法典は、総則、物権、債権、親族、相続の5編からなり、前の3編は1896年4月に、後の2編は1898年6月にそれぞれ公布され、ともに1898年7月16日から施行された。
第二次世界大戦以前には、時代の新しい必要にこたえるために特別法が制定され、それによって民法が実質的に修正されることはあっても、小さな修正を除けば民法典そのものが修正されることはなく、民法典はほとんど制定当時のままの姿を維持していた。封建的な家族制度を基調とする親族・相続の2編は、戦後に日本国憲法が制定されると、その根本原理である個人の尊厳と両性の本質的平等に正面から衝突することとなった。そこで、1947年(昭和22)この2編は全面的に改正された。したがって、現在の形式的意味での民法は、明治時代に制定された財産法の部分と戦後制定された家族法の部分からなっており、戦後改正される以前の家族法の部分はとくに「明治民法」とよばれることがある。
世界で最初に近代的な民法典をもったのはフランスで、フランス民法典(1804)は19世紀を通じて民法典の模範とされてきた。明治政府がフランスの法学者に民法典編纂を依頼したのは単なる偶然ではなく、また、当時はフランス民法典を翻訳したものをそのまま日本民法にしてしまおうという考えさえあった。19世紀末から20世紀初頭にかけて、ドイツ民法典(1896)、スイス民法典(1907)などが制定され、新しい時代の民法典として、日本民法にも大きな影響を与えた。このような法典法国(成分法国)に対してイギリスやアメリカは判例法国であり、裁判所の判決例が積み重ねられることにより、おのずから法律がつくられるというたてまえになっている。そのため、イギリスやアメリカには統一的な民法典はないが、これらの国も制定法がないわけではなく、特殊な問題について特別な法律(「動産売買法」「離婚法」など)をつくるというやり方をとっている。そしてこのような制定法はしだいに増加し、その重要度を増している。他方、日本、フランス、ドイツのような古くからの法典国では、条文の隙間(すきま)を埋めるため、あるいは古くなった条文に適合しない事態に対応するために、裁判所の判例を活用する場合が広がってきている。
日本民法は、19世紀以降の西欧における市民社会を背景として成立した近代市民法を受け継いだので、古典的市民社会のイデオロギーがその骨格をなしている(現行民法→旧民法→ナポレオン法典→フランス革命と源流をたどることができる)。このような性格をもつ日本民法の基本原理として、一般に次のものがあげられる。
①すべての人は、階級や職業の別なく、等しく権利をもつことができる(権利能力平等の原則)。
②市民生活とくに財産取引については、各人が自由意思に基づいて法律関係をつくることができ、国家はみだりに干渉すべきではない(私的自治の原則、契約自由の原則)。
③所有権は、国家の法よりも先に存在する不可侵な権利である(所有権絶対の原則)。
④他人に損害を加えたことによって損害賠償の責任を負わされるのは、加害者に故意か過失があった場合に限られる(過失責任の原則)。
これらの原則は、基本的にはその後も維持されてはきたものの、市民社会が変貌(へんぼう)するにつれて当然ながら修正を余儀なくされてきた。今日では、私的自治の原則は経済的弱者を守るために制限され、所有権は公共の福祉のために制約を受け、そして、過失がない場合にも損害賠償の責任を負わされる場合が多くなるなど、前記の基本原理は昔のままの形ではもはや存在しないといってよい。
第二次世界大戦直後の親族・相続2編の大改正の後は、それに匹敵するような改正は行われていない。1971年(昭和46)の根抵当に関する規定の新設(判例法を成文化したもの)、1980年の配偶者相続分の改正がおもなものであった。しかし、1999年(平成11)に行われた成年後見に関する立法はかなり規模の大きい改正であり、さらに、1996年に公表された改正要綱案は、夫婦の選択的夫婦別姓制度の採用や嫡出でない子の差別撤廃などを含んでいて、これらの人の身分、あるいは家族関係に関する分野では、注目すべき動きがみられる。これに反して、財産法の分野では、新しい制度は民法典外の特別法でつくられることが多い。日常生活に関係の深い法律として、自動車損害賠償保障法(1955)、借地借家法(1991)、製造物責任法(1994)、消費者契約法(2000)などがある。
その後の規模の大きい改正としては、2004年(平成16)12月公布(2005年4月施行)の「民法の一部を改正する法律」により民法第1編~第3編の現代語化(口語化)が実現したことがあげられる。また同改正法により、保証については、保証人の意思を明確化するために、保証契約の成立に書面を要求する規定(民法446条2項)、貸金等根保証契約についての保証人の責任を制限する規定(同法465条の2~465条の5)が新設された。さらに、2009年には、民法(債権法)を抜本的に改正するための法制審議会が設置された。
民法の債権関係の規律は、1896年(明治29)の同法の制定以来、約120年の間、実質的な見直しが行われていなかった。しかし、この間、資本主義が飛躍的に進展し、取引の量が増大するとともに、その内容も複雑化・高度化し、取引に関する基本的なルールを定める民法の債権関係の規定は、現実の取引に対応することがむずかしくなった。そして、裁判例も蓄積し、民法の条文からはかならずしも読み取ることができないルールも増加し、法律の専門家でない国民一般にとっては、民法が定めるルールがわかりにくい状態になっていた。そこで、取引に関する基本的なルールを定める民法の債権関係の規定を、社会・経済の変化に対応させ、かつ、国民一般にとってよりわかりやすいものとするために、2009年(平成21)に前記の法制審議会(民法〔債権関係〕部会)が設置され、約8年間の歳月を費やして改正案がまとめられた。そして、2017年5月26日に民法(債権関係)の改正法が成立し、2020年(令和2)4月1日から施行された。なお、改正の内容は多岐にわたり、民法の債権関係の規定をほぼ全面的に見直すものとなっている。
民法の定める成年年齢は、単独で契約を締結することができる年齢という意味と、親権に服することがなくなる年齢という意味をもつ。そして、この成年年齢は、1876年(明治9)の太政官布告が20歳と定めて以来、1896年の民法にも引き継がれてきた(民法旧4条)。しかし、2007年(平成19)5月に成立した憲法改正に関する国民投票法は、満18歳以上が投票権を有するとし、同法附則第3条第1項では「満18歳以上満20歳未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。」と定められた。この附則を受けて法制審議会は、2009年10月28日、民法の成年年齢を引き下げるのが適当であるとする最終報告書を法務大臣に答申した。その後、2015年6月17日、公職選挙法が改正され、選挙年齢が18歳に引き下げられた。そして、2018年6月13日、民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げること等を内容とする民法の一部を改正する法律が成立した。
この成年年齢の見直しは、前述の太政官布告以来、約140年ぶりであり、18歳、19歳の若者が自らの判断によって人生を選択することができる環境を整備するとともに、その積極的な社会参加を促し、社会を活力あるものにする意義を有するものと考えられている。また、女性の婚姻開始年齢も、改正前は16歳と定められ、18歳とされる男性の婚姻開始年齢と異なっていたが、今回の民法改正では、女性の婚姻年齢を18歳に引き上げ(民法731条)、男女の婚姻開始年齢を統一している。なお、今回の民法改正は、その周知を徹底するために、施行までに3年程度の周知期間を設けたあと、2022年4月1日に施行された。
近年は、所有者不明土地が生じ、その利用が阻害される等の問題が起きている。所有者不明土地については、その円滑な利用や管理が困難であり、この問題を契機として、明治民法の規律が現代の社会経済情勢にそぐわないことが顕在化した。そこで、所有者不明土地問題に対処するため、2018年(平成30)の「所有者不明土地法」(平成30年法律第49号)、2021年(令和3)の「相続土地国庫帰属法」(令和3年法律第25号)の制定と並んで行われた同年の民法改正では、(1)相隣関係、(2)共有、(3)財産管理制度、(4)相続制度(遺産分割)の規定の見直しが行われた。
(1)相隣関係の見直し
①隣地使用権
改正前の民法の規定は具体性に乏しく不明確な箇所もあったため、隣地所有者が所在不明である場合などには対応が困難であり、土地の利用・処分を阻害していた。そこで、改正民法では、隣地を使用できる権利の範囲を明確化し、隣地所有者・隣地使用者の利益への配慮など、隣地使用権の内容に関する規定の整備を行ったほか、隣地使用が認められる目的(障壁の修繕、越境した枝の切取りなど)を拡充・明確化した(同法209条1~4項)。
②ライフラインの設備の設置
改正前の民法では、電気・ガス・水道などのライフラインの設備の設置に関する明確な規定がなかったため、設備の設置や使用に応じてもらえないときや、所有者が所在不明であるときなどには、対応が困難であった。そこで、改正民法では、設備設置権や設備使用権の明確化、場所や方法(所有者の土地または設備のために損害がもっとも少ないものに限定)、所有者または現に使用している者への事前通知、償金・費用負担などに関する規定が整備された(同法213条の2第1~3項)。
③越境した竹木の枝の切除
改正前の民法のもとでは、土地の所有者は、隣地の竹木の根が境界線を越えるときは自らその根を切り取ることができるが、枝が境界線を越えるときはその竹木の所有者に枝を切除させる必要があった。そのため、竹木の所有者が対応しない場合には、救済を受けるための裁判手続が過重であるとの問題があった。また、竹木が共有されている場合には、越境した枝の切除の際に所有者全員の同意が必要と解されており、竹木の円滑な管理が阻害されていた。そこで、改正民法では、越境された土地の所有者は、竹木の所有者に枝を切除させる必要があるという原則を維持しつつ、急迫の事情があるときなど、一定の条件を満たす場合には、枝を自ら切り取ることができることとした。また、竹木が共有物である場合には、各共有者が越境している枝を切り取ることができるようになった(同法233条1~3項)。
詳細は「相隣関係」の項目を参照。
(2)共有の見直し
相続未登記状態にある土地について、数次相続により相続人が多数に上ることや相続人の一部の所在等が不明となっている場合がある。このような場合には、変更・管理に必要な同意を取り付けることが困難で、土地の利用に支障をきたすことがある。その対処方法としては、共有関係の解消(共有物分割訴訟など)があるが、手続上の負担は軽くない。また、社会経済情勢の変化に伴い、共有者が土地の所在地から遠く離れ、あるいは、共有者間の人的関係が希薄化したことにより、共有者間で決定を得ることが困難になることもある。そして、これらの問題は、相続された土地に限らず、共有物一般に発生しうるものであり、共有関係を解消しないままに共有物の円滑な利用を可能にすることが重要となる。そこで、民法の共有物の変更・管理の規定を、社会経済情勢の変化にあわせて合理的なものにするため、以下の改正が行われた。すなわち、①共有物の「管理」の範囲を拡大し、かつ、明確化した(同法251条、252条)。また、②共有物を使用する共有者がいる場合のルールを明確化し、合理化した(同法249条、252条)。そして、③賛否を明らかにしない共有者がいる場合の管理に関するルールを合理化した(同法252条2項)。さらに、④所在等不明共有者がいる場合の変更・管理に関するルールを合理化した(同法251条2項、252条2項)。そのほか、⑤共有者が選任する共有物の管理者のルールを整備し(同法251条、252条の2)、⑥共有の規定と遺産共有持分に関するルールを整備した(同法898条2項)。
(3)財産管理制度の見直し
土地・建物の所有者が、調査を尽くしても不明である場合には、土地・建物の管理・処分が困難になる。しかも、公共事業の用地取得や空き家の管理など所有者の所在が不明な土地・建物の管理・処分が必要である場合について、改正前民法下では、所有者の属性等に応じて、不在者財産人(民法25条1項)、相続財産管理人(民法旧952条1項)、および、清算人(会社法478条2項)が利用されていた。しかし、このような財産管理制度は、対象者の財産全般を管理する「人単位」の仕組みとなっているため、財産管理が非効率になりがちであり、申立人等の利用者にとっても負担が大きいとの指摘がなされていた。しかも、所有者をまったく特定できない土地・建物については、これらの財産管理制度を利用することができないことも問題であった。そこで、改正民法では、特定の土地・建物のみに特化して管理を行う所有者不明土地管理制度および所有者不明建物管理制度(民法264条の2~8)を創設し、土地・建物の効率的かつ適切な管理を実現するとともに、所有者が特定できないケースについても対応することを可能にした。
(4)相続制度(遺産分割)の見直し
相続が開始し、相続人が複数いる場合には、遺産(相続財産)に属する土地や建物、動産、預金などの財産は、原則として相続人による共有(遺産共有)となる(民法898条1項参照)。しかし、遺産が共有となると、各相続人の持分権が互いに制約し合う関係にたち、遺産の管理に支障をきたす事態が生じる。また、遺産分割がされないまま相続が繰り返されて多数の相続人による遺産共有関係となると、遺産の管理・処分が困難になる。そして、このような状態の下で、相続人の一部の所在等が不明になり、所有者不明土地が生じることも少なくない。そうだとすれば、遺産共有関係は、本来、遺産分割により速やかに解消されるべき暫定的なものであり、その解消は、所有者不明土地の発生予防の観点からも重要であると考えられる。そこで、改正民法では、①具体的相続分による遺産分割に時的限界を設けることにより、遺産共有関係の解消の促進・円滑化を図った(同法904条の3)。また、②相続開始後長期間が経過し、通常共有持分と遺産共有持分が併存する場合の分割方法を合理化し(同法258条の2)、かつ、③相続開始後長期間が経過し、相続人の所在等が不明な場合の不動産の遺産共有持分の取得方法等を合理化した(同法262条の2、3)。