学校の教育課程に位置づけられた教科教育の一つ。初等教育、中等教育で展開される家庭科、技術・家庭科(家庭分野)の総称である。義務教育として行われる普通教育において、おもに、学校教育法第21条第4項「家族と家庭の役割、生活に必要な衣、食、住、情報、産業その他の事項について基礎的な理解と技能を養うこと」の目標達成に寄与する教科である。普通教育に加え、高等学校の生活産業にかかる学科では、専門教育として、職業教育の性格をもつ科目群が設定されている。
学習指導要領における教科である家庭科の目標・内容は、少子高齢社会の進展やグローバル化などを背景とする家族・家庭生活の多様化や消費生活の変化、持続可能な社会の構築という要請を受けて改訂されてきた。その教育のあり方は、主要な背景学問である家政学、生活科学を中心とした諸科学の研究成果とともに、生活にかかる政策や経済・産業の動向を踏まえて検討されている。
2017年(平成29)、2018年改訂の学習指導要領では、小学校から高等学校までの普通教育としての家庭科は、一貫して「生活の営みに係る見方・考え方」を働かせ、「実践的・体験的な活動」を学習の手段として、よりよい生活や社会のために生活をくふう、創造できる資質・能力を育成する教科と示された。そして、個人、家庭から地域、社会へという空間軸や、現在の生活から、今後の生活を展望したり生涯を見通したりする時間軸で各学校段階の学習の系統がいっそう明確に整理された。
小学校家庭科の授業時数は、第5学年で標準60時数、第6学年で55時数を履修する(1単位時間は45分)。中学校技術・家庭科の家庭分野の配当時数は、技術分野との間で二分されるため、第1・2学年で各35時数、第3学年では17.5時数が標準である(1単位時間は50分)。小学校では、児童の現在およびこれまでの生活事象を学習対象に、日常生活に必要な基礎的な知識・技能を身につけ、日常生活のなかから問題を発見して課題を解決する力や、家族の一員として生活をよりよくしようとくふうする実践的態度を育てることが目ざされる。中学校では、すこし先の生活を展望して、生活の自立のための知識・技能の獲得や、自らの家族・家庭にとどまらず地域における生活の場での課題解決力や、家族や地域の人々と協働する力の育成が目ざされる。小学校、中学校共通して「A家族・家庭生活」「B衣食住の生活」「C消費生活・環境」を学習内容の柱とする。小学校では、「A家族・家庭生活」について、中学校ではA・B・Cそれぞれに設定されている生活に関する内容について、「課題と実践」の項目が設けられている(中学校では1項目以上を選択)。家庭科の既習の知識・技能を生かし、自ら課題を設定して計画・実践し評価する、問題解決的な学習がたいせつにされている。
高等学校では、すべての生徒が、各学科に共通する教科「家庭」として、標準単位数2単位の「家庭基礎」または4単位の「家庭総合」のいずれか1科目を必修科目として選択して履修する。中学校までの学習のうえに積み重ね、自己および家族の発達と生活の営みを総合的にとらえて必要な知識・技能を身につけ、家庭や地域、社会における生活のなかから問題を発見し、生涯を見通して生活の課題を解決する力や、地域社会に参画し、生活を主体的に創造しようとする実践的態度を養うことが目ざされる。「家庭基礎」「家庭総合」ともに、小中学校の内容に接続して、「A人の一生と家族・家庭及び福祉」および「C持続可能な消費生活・環境」の内容の柱は共通し、「家庭基礎」は「B衣食住の生活の自立と設計」、「家庭総合」は「B衣食住の生活の科学と文化」が置かれている。さらに、小中学校で「課題と実践」とされる項目は、高等学校では「Dホームプロジェクトと学校家庭クラブ活動」の内容として設けられ、A・B・Cの学習のなかでみいだした問題について、生徒が主体的に取り組む問題解決的な学習の充実が重視されている。「家庭基礎」「家庭総合」とも、総授業時数のうち、原則10分の5以上を実験・実習に配当することとなっており、調査・研究や観察・見学、就業体験活動や触れ合い・交流活動など、実践的・体験的な学習活動がたいせつにされている。
高等学校の家庭に関する専門学科には、家政科のほか、生活文化科、生活デザイン科や食物調理/調理科、服飾デザイン科、保育科などがある。主として専門学科において開設される教科「家庭」では、衣食住や保育、介護など人間の生活を支える生活産業や関連する職業に従事するために必要な資質・能力を育成することが目ざされる。
専門教科「家庭」は、職業人としての課題解決能力を育成する視点を明確にして、「生活産業基礎」「課題研究」「生活産業情報」「消費生活」「保育基礎」「保育実践」「生活と福祉」「住生活デザイン」「服飾文化」「ファッション造形基礎」「ファッション造形」「ファッションデザイン」「服飾手芸」「フードデザイン」「食文化」「調理」「栄養」「食品」「食品衛生」「公衆衛生」および「総合調理実習」の21科目で構成される。このうち「生活産業基礎」および「課題研究」は原則履修科目である。家庭に関する各学科では、科目に配当する総授業時数の10分の5以上を実験・実習に配当することとなっており、調査や観察、現場実習およびプロジェクト学習をはじめ、地域や産業界等との連携・交流を通じた実践的な学習活動や就業体験活動、社会人講師の積極的活用などが求められている。
家庭科教育は、第二次世界大戦終結後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の主導による日本社会の非軍事化・民主化改革のなかで誕生した。具体的には、GHQの部局の一つである民間情報教育局(CIE)の指導・監督のもと、1947年(昭和22)、民主的な社会の建設のための「社会科」とともに、民主的な家庭の建設について学ぶ教科として「家庭科」が設置された。同年発行の学習指導要領家庭編(試案)に具体的な教育課程が示され、新設された教科の周知と理解を図るために講習会が各地で行われた。CIEのアイリーン・R・ドノバンEileen Roberta Donovan(1915―1996)は、講習会で新設家庭科の理念を、(1)戦前の「裁縫」「家事」をあわせた教科ではない、(2)単なる技能教科ではない、(3)女子のみで学ぶ教科ではない、という三つの否定で説明した。家父長制的な家族制度を廃止した民法改正に歩みをそろえ、男女の別なく、民主的な家庭生活を実現する教育が目ざされたが、理念どおりに男女必修で開始されたのは小学校だけであった。その小学校でも、家庭科を担った教員の多くが戦前の裁縫教員であったことで、裁縫教育が偏重され、そのことへの批判から教科の存廃論が浮上するなど混迷した。
中学校の家庭科は、普通教育における職業科への社会的要請の大きさから、生産技術教育の要素が強調され、1947年に農業、工業、商業、水産とともに、「職業科」のなかの選択科目の一つとして始まった。1951年に学習指導要領が改訂されて「職業・家庭科」となり、1957年までこの名称が使用されていた。ところが同年、当時のソ連が人類初の人工衛星打上げに成功したことに由来するスプートニク・ショックから科学技術教育の振興が急務とされ、翌1958年告示の学習指導要領で技術科が編成されることとなった。その際の家庭科消滅の危機に対し、家庭科の内容をものづくりに重点化することで存続させるとの請願が受け入れられ、教科名が「技術・家庭科」に改められた。1980年までは、生産技術の内容は男子向き、生活技術の内容は女子向きと明示されたカリキュラムのもと、家庭科はものづくりの教科としての性格を強め、教育が行われた。1977年告示の学習指導要領では「男女相互の理解と協力を図ること」が考慮されるも、7領域以上の選択履修のうち、女子は家庭系から5領域以上、技術系から1領域以上、男子は技術系から5領域以上、家庭系から1領域以上との制限を含むものであった。1989年(平成1)告示の学習指導要領以降、初めて男女同一の履修となり、この改訂で、高度経済成長による物質的豊かさの実現と引き換えに生じた、環境破壊や都市への人口集中と地方の過疎化、家庭内暴力の社会問題化などへの対応として、ものづくり教科の時代に消滅していた家族や家庭生活に関する内容が見直され、領域に「家庭生活」が加わった。
高等学校では、1949年発行の学習指導要領家庭科編に「男女にひとしく必要なことであるが」と教科設置の理念にふれながらも、「特に女子はその将来の生活の要求にもとづき、いっそう深い理解と能力を身につける必要がある」として、女子のみ少なくとも14単位必修させることが望ましいと記されていた。伝統的な性別役割分業観に基づく男女の「特性」論は、社会に根強く、長時間労働の男性労働者を支えるケア労働者としての専業主婦の養成を望む経済・産業界や、選択制であった高等学校家庭科の履修率低下を危惧(きぐ)した全国高等学校長協会家庭部会や全国家庭科教育協会(ZKK)など教育関係者からの要望により、1960年以降、1978年告示の学習指導要領においても普通教育の科目「家庭一般」を女子のみ必修とする施策が続いた。他方、「家庭科の男女共修をすすめる会」をはじめ、家庭科誕生時の民主化の理念実現を求める教育関係者による理論研究や自主編成された授業実践の蓄積が草の根レベルで進められていた。国際的には1979年に国連で採択された女性差別撤廃条約の批准をめぐり、国籍法における父系優先主義の改正、男女雇用機会均等法の制定、そして高等学校家庭科の女子のみ必修の教育課程の改正等が日本の課題となっていた。こうして中学校技術・家庭科の男女別履修の解消とともに、1989年告示の高等学校学習指導要領では、男女とも「家庭一般」「生活一般」および「生活技術」から、1科目4単位が選択必修となった。1989年告示の学習指導要領が実施された1990年代初頭、教科誕生から半世紀を経てようやく家庭科は、小学校から高等学校まで性別によらず同一の教育課程で学ぶ教科になった。
男女共修家庭科は実現したものの、1998年には総合的な学習の時間の新設や全体の標準時数の縮減により、小学校家庭科と、中学校技術・家庭科の第3学年の時数が減少した。高等学校でも1999年の学習指導要領改訂で、4単位の「家庭総合」「生活技術」に加え、2単位の「家庭基礎」が設定され、選択科目によっては授業時数が半減することとなった。さらに2008年の学習指導要領で教育内容が厳選され、中学校技術・家庭科で選択教科として充当が可能であった時数がなくなり、2017年、2018年の改訂に至る。
高等学校における専門教育について、文部科学省「学校基本調査」から学科数の推移をみると、家庭に関する専門学科は、1970年には、商業科に次いで多い955学科が設置されていたが、2023年(令和5)には264学科と3分の1以下になっている。少子化の影響に加え、もともと、家庭に関する学科に含まれていた内容が、独立して福祉科に改編されたり、1994年以降設置された総合学科の選択科目に位置づけられるようになったことなどが要因である。背景には、家庭の機能が外部化、産業化されていくなかで、より高度な専門性を身につけるため、介護福祉に特化した内容で学科編成がなされたり、高等教育への進学も視野に、より多様な選択肢を提供する総合学科の開設が増加していることがある。一方で、人工知能(AI)や情報技術(IT)が急速に発達した社会にあって、介護や保育をはじめ、人と人がかかわるきめ細かなヒューマン・サービスの担い手はむしろ不足しており、生活関連の産業に従事したり、生活産業にかかる事業を展開できる人材育成のニーズは衰えていない。こうしたニーズにこたえるため、家庭に関する学科では、生活関連産業のスペシャリストとして職業につくための基礎とすべく、家庭科技術検定を課したり、調理や介護福祉関連の資格試験の受験資格が得られるよう、科目の構成がなされている。
家庭科は、民主的な家庭生活のために創設され、幾度かもちあがった存廃論や、社会や経済の変化の影響を受けながらも、個人と家族の生活の営みをみつめ、よりよい生活をつくることを目ざす必修教科として位置づけられてきた。家庭科教育を通じ、実践的・体験的に生活事象にかかる知識・技能を身につけるとともに、「よりよい生活」とはなんであるかを批判的思考によって考え、意思決定したり、問題解決を図る力を育むために、家庭科教師はくふうを重ねている。しかし、配当される授業時数や単位数は減少傾向にあり、他の教科に比べて少なさが際だつ。少子化による学校規模の縮小もあり、全教科の配置がむずかしい場合、授業時数の少ない家庭科担当は、非正規教員や免許外教科担任、複数校での兼任などの教員配置がなされやすいことが各種調査で示されており、教科指導の不安定さを招いている。この傾向は、教員養成や教員研修に携わる大学教員や指導主事などの配置にも当てはまる。教科の専門性を担保する次世代育成の基盤が脆弱(ぜいじゃく)化していることへの対応が大きな課題である。
国際的にみると、日本の家庭科教育の枠組みは、家族や地域の人々とのかかわりや衣食住の生活、消費、環境にかかる生活事象を一つの教科として包括的、かつ小学校から高等学校まで男女必修で学ぶ普通教育として行うという希有(けう)な特徴がある。この特徴は、教科の関係者の働きかけと、教科が目ざす本質的な価値を児童・生徒がとらえ得る授業実践の蓄積のうえに築かれてきたものである。教科のさらなる充実のために、家庭科教育がもたらす効果や影響を広く検証し、積極的に発信していくことが、教育関係者に課せられた課題である。