私的生活圏である個別の家庭内で行われる、人の生存に必要な生活上の仕事であり、生活の維持に必要な資源を得るために行われる仕事(サブシスタンス・ワークsubsistence work)の一種。衣食住の調達・維持・管理のための仕事、および次世代育成の役割をもさす。単独(単身)世帯を含め、いかなる家族形態の世帯にあっても生活を営むうえで不可欠な仕事である。ここでいう家族形態は血縁あるいは異性間婚姻を核とした集団のみに限定しない。具体的には私的生活圏で行われる掃除、洗濯、料理、買い物、育児、教育、家族の世話、生活廃棄物の分別や処理、室内外の環境整備や安全確保、親戚縁者・友人や近隣とのつきあい、病人・障害者・高齢者の介護、またこれらの諸活動を計画・統括する知的管理も含む。単に家事(housework、household choresなど)とよばれることもあるが、とくに経済や社会政策上の議論で取り上げられる際には、他の活動と対比して、家事もまた労働一般であるとの概念を示すために家事労働(household work、domestic laborなど)と称される。また義務教育段階の家庭科教育などでは「家庭の仕事」という用語が使用されている。
この仕事の特徴は、(1)繰り返しの連続性があること、(2)一定程度の時間的拘束性があること、(3)必要量や仕事の種類は世帯員のニーズに規定され多様であること、(4)評価の基準が一定でないこと、(5)創造性を発揮できること、(6)経済的な交換価値(金銭価値)は生じないこと、などである。連続性があるために、繰り返しの作業に徒労を感じることがあるが、知識・技能面で習熟すると所用時間が短縮されたり、負担感が緩和されたりする側面もある。一方で、世帯員の生活リズムにあわせて食事を提供するなど、時間帯や作業時間には半拘束的な側面がある。また、世帯員の人数や生活様式、ライフステージなどによって必要な仕事量や種類は異なる。達成度や、最大・最小の限度がどの程度のものであるかもあいまいで、労働成果の評価に基準を設定することはむずかしく、世帯員の要求水準によって満足度は異なる。仕事量や達成レベルに裁量があるので、個々のくふうや創意を自由に加える余地があり、ときに生活文化として継承されていく。ただし、自らのために行うほか、家族間サービスである限り、経済評価されず労働対価は支払われない。家事労働は、たとえば、保育士や看護師、調理人、クリーニング業など世帯員以外が提供するサービスや、家庭用電化製品のような物資の購入により代替・代行することができ、これを家事労働の外部化(社会化)という。
家事労働は、使用価値(生活における有用性)はあるが、交換価値を生じない無償労働(アンペイド・ワークunpaid work)である。労働契約下にある市場労働、つまり有償労働(ペイド・ワークpaid work)と異なり、遂行された労働に見合う報酬がなく、この無償性という特徴のために、これまで家事役割は「労働」とみなされてこなかった。世帯員の生存に不可欠で、社会的に重要な役割を果たしていながら、非経済的な「見えない労働(インビジブル・ワークinvisible work)」とされてきた。
1995年に北京(ペキン)で開催された世界女性会議で、女性が家庭外でのボランタリーな活動を含め、無償労働の大部分を担っているにもかかわらず、それが正当に評価されていないとの問題関心から、無償労働の貨幣評価に関する研究・情報交換の促進が「行動綱領」に盛り込まれた。これを受け、日本でも経済企画庁が1997年(平成9)に貨幣評価額の推計結果を公表するなど、家事労働を一定の基準のもとに換算して経済評価したり、国内総生産(GDP)と対比して、女性の果たしている役割を統計量として可視化し、女性の地位向上や男女共同参画社会の実現に資することを図る動きが加速した。
家事を市場労働と同様に経済評価するためには、その労働の質的・量的評価基準の確立が問題となる。内閣府による無償労働の貨幣評価では、総務省「社会生活基本調査」の生活時間統計を用い、以下の三つの方法で評価されている。
(1)機会費用法 家事という無償労働を行うことによる逸失利益(市場労働につくのを見合わせたことで失う賃金)の換算。
(2)代替費用法スペシャリスト・アプローチ 家事の領域別代行サービスに従事している専門職種の賃金として換算。
(3)代替費用法ジェネラリスト・アプローチ 家事一般を代行する家事使用人の賃金として換算。
家事労働の貨幣評価は、労働者の権利や福利の保護、ジェンダー平等の実現、税制改革、育児・介護休暇などの取得の向上、柔軟な勤務時間や働き方の推進などの施策を実行するための基礎データとなるため、将来に向けて蓄積することが必要である。
19世紀中ごろまで、多くの家庭では農業や手工業などの家族経営が一般的であり、家庭の生産活動と市場での経済活動は密接に結び付いていた。産業革命以後、20世紀初頭にかけて工業化が進み、家庭と労働市場の分離が進んだ。これにより家庭内の生産活動はしだいに減少し、既婚者世帯では、夫が市場での労働に従事する間、家庭内での役割に専念する専業主婦が誕生した。日本では1950年代後半から1970年代の高度経済成長期に、男性は経済的に主要な責任者として、職業的成功や家族の生計を支えることが、一方、女性は労働力を再生産する家庭内での労働に従事することが期待された。いわゆる性別役割分業が強化され、家事労働と女性が社会的に結び付けられるようになった。
経済成長が減速して低迷期を迎えた1990年代、有業の夫と専業主婦からなる世帯と共働き世帯の割合は拮抗(きっこう)し、2000年代以降、専業主婦世帯の減少と共働き世帯の増加傾向が続いている。総務省「労働力調査」では、2020年(令和2)以降、17歳以下の子どもがいる共働き世帯のうち、もっとも多いのは妻がフルタイムで働く世帯、ついで妻がパートタイムで働く世帯であった。こうした共働き世帯では、家事労働に時間を割きにくいことから、簡略化や外部化が進んでいると考えられる。また、高齢社会の進展や婚姻率の低下などによる単独世帯の増加なども、家事労働の簡略化、外部化を促している。
家事労働は、家庭用電化製品の機能向上によって省力化された側面がある。有償の家事関連サービスも、一般に家事労働の負担軽減のために利用される。しかし、総務省「社会生活基本調査」から経年変化をみると、1976年(昭和51)に2時間7分(男女総数、週全体)であった家事関連時間は、2021年には2時間10分であり、45年間で労働市場における仕事等の時間が一定傾向で1時間以上減少したのに比べ、むしろ微増傾向でさえある。高度化した家庭用電化製品を使用することが、家事労働に対する期待水準の上昇を促すことになったり、家事関連サービスは有償のため、すべてを補えるわけではないなど、家事労働の省力化や負担軽減のための選択肢が増えても、単純に家事関連時間の短縮に結び付いているわけではないと考えられる。
日本の男女間の家事労働時間のギャップは、国際比較でみても非常に大きいことが知られており、男性の家事関連時間51分に対し、女性は4倍の3時間24分である(総務省「社会生活基本調査」2021年)。それでも、1976年調査時は男性12分、女性3時間52分と約20倍の差があった時代からみれば、担い手には変化の兆しがある。
家事労働をめぐり、いまだ根強い、担い手のジェンダー不均衡の解消は大きな課題である。家事労働担当が女性に偏るために、経済的には、正規労働の就労機会が限定されたり、非正規労働が選択されやすいなど、男性との賃金格差は解消されない傾向にある。経済的立場の弱さは、女性の社会的地位向上の機会をも阻害する。こうしたジェンダー平等実現にかかる課題のみならず、高齢社会のさらなる進展に伴う高齢者世帯の家事労働の問題が、今後ますます顕在化してくることが予想される。たとえば、介護保険の訪問介護サービスの一つで、生活援助をめぐる問題である。要介護高齢者の日常生活の維持を目的に家事労働を支援する生活援助は、在宅での自立した生活を支える基盤となっている一方で、保険料負担との兼ね合いで、公的保険で対応すべき範囲をどうするかが議論されている。さらに成人のみならず、ヤングケアラーとして認知されつつある、18歳未満の子どもが担う過度なケア責任のなかにも家事労働の問題が横たわる。いずれも、女性や、個人の私的テーマとして見過ごされてきた問題が、「生きやすい社会」の実現にもかかわる課題として可視化されてきたものである。
無償労働を担当することによって人生の自由度や可能性が不合理に制限される状況に対しては、産業の創出や政策により、家事労働を有償化して支援や選択肢を充実させたうえで、公助、共助、自助のバランスをとりながら解決していくことが望まれる。そのために、次世代を家事労働のよき担い手として育成することも、前述の課題解決には必要である。また、家庭教育はもちろん、公教育の役割も重要である。学校教育においては、家庭科教育が大きな役割を担い、家事労働にかかる具体的知識・技能の習得にとどまらず、生活の自立と暮らしのマネジメントに不可欠な労働として職業労働と対比させ、家事労働の分担や両立のあり方を考える機会としても位置づけられている。家庭科の教育課程に占める授業時数の少なさや教員配置などの脆弱(ぜいじゃく)さは、家事労働が「見えない労働」と軽視されてきた構造と無縁ではない。それでも民主的な生活経営とジェンダー平等を目ざす教育の理念に沿い、すべての子どもに学習機会があることは、家事労働をめぐる課題解決に向けた希望の一つといえる。