地震、津波、高潮、洪水、浸水、噴火、土砂災害などの被害を予測し、被害のおそれのある地域や避難に関する情報を掲載した地図。ハザードマップに基づいて、住民に危険箇所などを周知し、避難訓練を実施することで、災害発生時に住民を迅速・的確に避難させると同時に、二次災害を防ぐ目的がある。日本では、1991年(平成3)の長崎県雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)噴火の際に、被害予測と被害地点がほぼ一致し、その重要性が認識され、以降、ハザードマップ作成が本格的に始まった。2000年(平成12)の有珠(うす)山噴火で火山ハザードマップが避難に役だったことも、全国的な作成機運を醸成した。ただ、(1)作成費用がかさむ、(2)社会不安を助長する、(3)被害のおそれのある地域の不動産価格が下落する、などの理由から、作成の遅れる自治体も多い。2011年の東日本大震災では、防潮堤などの人工施設(ハード)が被害を防げなかった反省から、より被害を小さくする「減災」の考え方に基づき、防災ソフト対策としてハザードマップの重要性が広く認識されるようになった。また、1000年以上前の貞観(じょうがん)地震(869)の知見を活用する必要性があることが判明し、古文書や地質調査などを生かした、1000年に一度級の災害に対応したハザードマップづくりが求められている。2024年(令和6)時点で、国は火山、洪水、内水(下水排水能力を超える降雨で家屋や道路、土地が水につかる水害)、土砂災害、津波、高潮、ため池の7種類の作成を義務づけ、国土地理院ポータルサイトに表示。液状化ハザードマップや複数災害の危険地域などをまとめて記した地震防災・危険度マップの作成を推奨し、だれでも各地の危険情報を入手できる体制を整備している。
火山ハザードマップ
噴石、火砕流・溶岩流、泥流、降灰のおそれがある地域を示した地図。2014年の御嶽山(おんたけさん)噴火被害を踏まえ、改正活火山法(2015年施行)に基づき、2019年6月時点で、全国49火山周辺の23都道県・167市町村を火山災害警戒地域に指定した。指定自治体は火山専門家、警察、消防、気象台などと協力し火山防災協議会を立ち上げ、火山ハザードマップを作成する。マップを基に市町村およびホテルなどの集客施設は、住民や登山者の避難計画を作成しなければならない。2024年3月末時点で125自治体が作成・公表済み。
洪水ハザードマップ
河川の氾濫(はんらん)による浸水を想定し、避難情報を掲載した地図。想定区域、想定水深、避難経路、避難場所などが記載されている。建設省(当時)が1981年(昭和56)に、流域住民に過去の浸水被害の公表を開始。2001年施行の改正水防法(同法第15条3項)で、国や都道府県は被害が想定される河川について浸水想定区域図を作成し、市区町村には同図を基に避難場所などを明記した洪水ハザードマップの作成を義務づけた。2015年施行の改正水防法では「浸水想定区域」について、それまでの10~100年に一度程度の「計画規模」の降水量を基準としていたものから、1000年に一度級の降雨を想定した「想定最大規模」対応のハザードマップの作成を義務づけた。このため現状では、浸水想定区域の見直しを済ませたものと、未対応のものとの、基準の異なる二つのハザードマップが並存している。2023年(令和5)3月末で対象1411市区町村のうち、「想定最大規模」対応の洪水ハザードマップを1352市区町村、「計画規模」対応を1398市区町村が作成・公表済み。ただ、会計検査院の2016~2022年度調査で、鉄道下など周辺地面より低いアンダーパスなどの記載がないハザードマップが調査対象(375市町村)の8割超に達し、改善が求められている。
内水ハザードマップ
豪雨によって都市部などの下水道や水路が氾濫し、家屋や道路などが浸水する被害を想定した地図。想定地域や避難場所などを記す。国土交通省は2006年、内水ハザードマップの作成を484市区町村に促した。その後、2015年には「最大想定規模」対応の内水ハザードマップの作成を義務づけた。また、2019年の東日本台風(台風19号)では増水した河川からの水が下水道に逆流して市街地が水浸しになったことを踏まえ、2021年に水防法を改正し、それまでは記載されなかった中小河川や下水道(雨水出水)に関する水害リスク情報も記した内水ハザードマップの作成を、下水道事業を担う全国1121の市区町村に義務づけた。2023年9月末時点で作成・公表済みは121市区町村にとどまる。
土砂災害ハザードマップ
土砂災害の被害想定地域や避難情報を掲載した地図。2005年の改正土砂災害防止法(第7条5項)に基づき、市区町村は土砂災害のおそれがある「警戒区域」や、危険性が高い土地での宅地開発を規制する「特別警戒区域」を記したハザードマップを作成し、住民に配布することが義務づけられた。被害予測地点、土砂災害の種類、被害の拡大範囲、被害程度、避難経路、避難場所、防災関連部署の連絡先などを地図上に色分けして表示するものが多い。国土交通省によると、2021年3月末時点で、対象1601市区町村のうち1525市区町村が土砂災害ハザードマップを作成・公表済み。警戒区域や特別警戒区域の指定がなくても、地方公共団体が独自に作成するケースもある。
津波ハザードマップ
1000年に一度級の最大規模の津波を想定し、浸水域、津波の高さ、第一波が到達するまでの時間、避難場所、避難経路などを記した地図。東日本大震災の教訓を踏まえて2012年に全面施行された津波防災地域づくり法に基づき、都道府県は津波により浸水するおそれのある区域や浸水した場合に想定される水深を示す「津波浸水想定」、住民の生命・身体に危害の及ぶおそれがある「津波災害警戒区域」、建築物が損壊・浸水し、住民の生命・身体に著しい危害の及ぶおそれがあり、地下街などの開発を制限する「津波災害特別警戒区域」をそれぞれ指定。すべての区域内の市区町村は津波ハザードマップの作成・公表義務がある。2023年3月時点で、24道府県の402市町村が津波災害警戒区域を、静岡県伊豆(いず)市が津波災害特別警戒区域を指定済みである。2021年9月時点で、対象687自治体のうち652市区町村がマップを作成・公表済み。
高潮ハザードマップ
台風などの強風の吹き寄せや低気圧の吸い上げで生じる高潮の被害を想定した地図。1959年の伊勢湾(いせわん)台風では高潮で5000人を超える犠牲者を出しており、国土交通省は2004年に、避難や対策の基礎となるマニュアルを作成し、全国の市町村に作成を促した。2023年10月時点で、対象252市区町村のうち、高潮ハザードマップを作成・公表済みは177市区町村。
ため池ハザードマップ
洪水や地震でため池が決壊した際の浸水範囲、避難経路などを記した地図。2018年7月の西日本豪雨で、全国で決壊被害が相次いだため、国は2019年、農業用ため池管理保全法を制定・施行し、所有・管理者に貯水量などの情報の都道府県への届出(虚偽内容の届出などは50万円以下の罰金)を義務化し、都道府県にため池ハザードマップの作成・公表を義務づけた。池から100メートル未満の浸水区域内に家屋や公共施設などがあったり、100メートル以上離れていても貯水量が一定規模を超えるなどして、人的被害が出るおそれがあるため池を「特定農業用ため池(防災重点ため池)」(全国約6万4000か所)に指定し、危険が想定される場合、池の所有者などに防災工事をするよう勧告・命令し、これに従わない場合などには都道府県が防災工事を代執行できるようにした。2024年3月時点で783のハザードマップが作成・公表済み。