中国の党・国家が展開する腐敗撲滅キャンペーンのこと。中国語原文では、「反腐倡廉(しょうれん)」のように腐敗撲滅と廉政(クリーンな政治)建設が並列されることが多い。一般に「反腐敗」とは、官僚などの公職にある者が自らの地位や職権・裁量権を濫用し、収賄、横領などの瀆職(とくしょく)行為に手を染める汚職腐敗現象の蔓延(まんえん)に対して、法規制の強化、綱紀粛正、瀆職官僚の摘発などを進める運動をさす。
中国では、建国以来、1950年代初頭の「三反五反運動」などさまざまな反腐敗運動が進められてきた。とくに、1970年代末に改革開放期を迎えて、市場経済化による中国経済の急成長とともに、腐敗が顕在化したことから、1980年代から反腐敗運動が本格化した。2013年からは共産党総書記・中国国家主席の習近平(しゅうきんぺい)による「虎もハエも同時に叩(たた)く」反腐敗運動(後述)が展開されているが、習個人への権力集中という様相も濃く、権力層内部における権力闘争の手段という側面も否めない。反腐敗運動は単なる汚職防止対策のみならず、中国の政治キャンペーンの一環にして、中国政治の重要な構成部分ともとらえられる。
習近平政権は発足以来の5年間(2013~2017年)で25万4419人の公務員を収賄等の職務犯罪で立件、このなかには周永康(しゅうえいこう)(1942― )、郭伯雄(かくはくゆう)(1942― )、徐才厚(じょさいこう)(1943―2015)、孫政才(そんせいさい)(1963― )、令計画(れいけいかく)(1956― )ら120名の「省部級」とよばれる大臣クラスの高級幹部が含まれ、うち105名が訴追された。この1期目の大きな成果に基づき、中国は反腐敗・廉政建設の名のもと、公務員の職務犯罪の摘発を進めている。毎年春の全国人民代表大会(全人代)に提出される検察報告、司法報告等によれば、公務員による職務犯罪としての腐敗事件は毎年3万件規模に達している。うち、摘発金額が100万元を超える大型腐敗事案は毎年およそ1割を占め、摘発人数も2万人前後となっている。従来、汚職事件は末端の地方政府職員の摘発がほとんどであったが、近年は中央官庁にも追及の手が及び、省部級の逮捕者も2008年のわずか4人から2014年には28人、2015年には41人へと急増、近年でも2021年23人、2022年104人、2023年25人の高級幹部が摘発されている。「中管幹部」という名の党中央組織部所管の副大臣級幹部も2019年20人(中央紀律検査委員会・国家監察委員会の調査対象は45人)、2020年12人、2021年14人、2022年92人、2023年30人が汚職で処分されている。改革開放直後の1980年時点における摘発件数は7000件程度であったから、摘発件数・摘発人数をみる限り、改革開放期を迎えてからの腐敗の蔓延が著しい。習近平政権下の反腐敗運動の結果として、摘発金額の巨額化と摘発者職位の高ポスト化が近年の特徴といえる。
ただ、いうまでもなく、腐敗の蔓延度、深刻度を精確かつ客観的に測定することはむずかしい。何が腐敗行為にあたるのか、法規定はもとより、文化的にも腐敗に対するとらえ方はさまざまであり、摘発件数・人数という一見客観的にみえる数量指標も、実は司法検察当局等法執行機関の腐敗摘発に対する姿勢いかんによるからである。
一方、外部的観察として、国際的な非政府組織トランスペアレンシー・インターナショナルTransparency International(本部はドイツのベルリン)は、各国の政治家、公務員のビジネス取引における透明性に関して、国際ビジネスマン、司法関係者の主観的な認知度を問う大規模なアンケート調査を行い、1995年以来各国の腐敗認識指数(CPI:Corruption Perceptions Index。100点満点で点数が高いほど汚職が少ないことを示す)を公表してきている。それによれば、2023年の中国の腐敗認識指数は42(調査対象180か国・地域中第76位)とされ、バーレーン、キューバ、ハンガリー、モルドバ、北マケドニア、トリニダード・トバゴと並ぶ腐敗レベルとされている。腐敗に関する量的指標のみならず、こうした認知度でも悪化傾向にある近年の状況から、現代中国を「腐敗大国」と称することも許されよう。
こうした中国の腐敗現象の猖獗(しょうけつ)には、政治、経済、社会心理、伝統文化などさまざまな要因が背景にあり、法制度、市場経済化・経済成長など一つの要因で語ることは一面的ともなりかねない。心の腐った者が腐敗行為に手を染めるのか、腐朽した悪劣な環境が人を腐敗させるのか。一般的には、人を腐敗へと誘引する誘因ファクターと、腐敗行為への関与を断念、放棄させる抑制システムとの関係からとらえ返すことができる。
まず、中国の腐敗の誘因ファクターの根底には礼物文化がある。日本も中国も「儀礼を重んずる国」として、また、どこの文化にもあるとおり、家族や友人に対し、贈り物のやりとりをするが、その際双方に心理的負担がつきまとう。中国では、「高大上」という流行語に示されるとおり、贈り物は「高級・重厚・上等」でなければならず、また、「礼を受けたら、かならず礼をもって返さねばならぬ」とされることから、『詩経(国風:衛風)』には「我に投ずるに木桃(モモ)を以(もっ)てす、之(これ)に報ゆるに瓊瑤(けいよう)(美しい玉(ぎょく))を以てす」とあり、これに「報ゆるに匪(あら)ざる也(なり)、永く以て好みを為(な)さんとする也」、すなわち、単に返礼にとどまることなく、これを契機として長い厚誼(こうぎ)を……と続く。贈る側も贈られる側も単なる物の授受というレベルを超え、濃密かつ特殊な人間関係を構築することへの期待が、この礼物文化には組み込まれている。
この結果、単なる物品のみならず機会付与、便宜供与などさまざまな形態の「ギフト」の交換は、人脈重視の伝統文化とも相まって、人間関係が幅を利かすコネ社会を形成することとなり、腐敗蔓延の温床となる。
こうした伝統的な文化社会的土壌から、「関係(グアンシ)」(コネ)の有無・大小が従来中国社会にあっては大きな意味をもつことになる。しかし、商品経済が否定され、悪平等主義の色彩も濃かった社会主義の計画経済期にあっては、金銭に直結した腐敗が浮上する機会は乏しく、就職、進学、住宅、配給、戸籍、婚姻など希少な物資・サービス・機会の分配をめぐる権力の不正使用、濫用という側面にとどまっていた。財貨のもつ意味合いが希薄なことから、あえて腐敗を行ってまで蓄財を目ざすという誘引刺激に欠けていたともいえる。
この腐敗をめぐる潜在環境を一変させたのが、1970年代末以降の改革開放政策による未曽有の経済成長であり、商品経済・貨幣経済の浸透であった。「向銭看」とよばれる金銭第一主義の風潮は、腐敗誘因ファクターの急増を招き、手段を選ばず金もうけを追求することで、「カネ」に直結した腐敗現象が急速に拡大し、中国社会全体を覆うこととなった。
こうした腐敗の蔓延は、開発経済学の従来型の知見に矛盾するようにも映る。というのも、腐敗現象は経済成長と両立せず、腐敗の蔓延は経済発展を阻害するものと理解されてきたからだが、中国にあっては、腐敗の猖獗と驚異的な経済成長が同時に進行しており、成長と腐敗のパラドックスが現代中国には成立しているようにもみえる。これに注目したアメリカの政治社会学者、アンドリュー・ウィードマンAndrew H. Wedeman(1958― )は、腐敗現象を「開発型」と「略奪型」の2類型に分類し、政治エリートとビジネスエリート間の癒着を核とする前者は政商間の開発連合を促進し、成長への政治的インセンティブを高めることから、開発型腐敗は経済成長と共存することが可能であるとも示唆した。腐敗を成長の潤滑剤とするレフ‐ハンチントン仮説、あるいは時間を「購入」するという賄賂(わいろ)の「スピードマネー」効果に着目したスウェーデンの経済学者グンナー・ミュルダールの観察にも通じる。
他方、後者の略奪型腐敗とは、政治エリートの不正蓄財の海外流出など、瀆職官僚が奢侈(しゃし)に流れ、酒色におぼれるという堕落タイプとされ、ウィードマンは、赤道ギニア、中央アフリカ等を典型例にあげ、中国の腐敗の大部分はこの略奪型腐敗に属すると指摘している。というのも、開発型腐敗の類型とされるインドネシア、タイあるいは日本、韓国などとは異なり、中国の政治体制は賄賂を通じたビジネスエリートからの政治的支持の調達を必要としてはいないからである。むしろ、中国の腐敗パラドックスとは、略奪型腐敗と高成長の同時並存にある。
改革開放期を迎えて、こうした環境要因としての腐敗の誘因要素が急速に増大する一方で、腐敗抑制システムがかならずしも十分に機能していないところに腐敗蔓延の根源がみいだされる。「関係」構築を通じた巨額の利益獲得の可能性を前にした際、腐敗行為へと一歩踏み出すことを思いとどまらせるものを抑制システムという。道徳、世論・メディア、法制度などがこの腐敗抑制システムを構成する。腐敗という悪に対する道徳的制御こそ基底にあるべきものではあるが、これも蔓延する金銭第一主義によって打ち砕かれてしまう。また、従来「党の喉舌(こうぜつ)」とされてきたメディアには、商業化を受け、自律化傾向もうかがえるものの、依然としてその監督機能は不十分である。世論もこうした主流メディアの影響下にあり、対抗的なSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などネット世論に対する政府規制はむしろ強化されつつある。
一方、法制度としては、党員に対する規律処分条例から公務員条例、財産申告制度、出張規定、接待マニュアル、ぜいたく禁止令あるいは刑法改正による腐敗行為への処罰厳格化、反マネー・ロンダリング(資金洗浄)法制定などに至るまで反腐敗と廉政建設を目ざした法律、条例、通達の整備を進めており、腐敗関連法規の制定としてはおそらく世界一の規模を誇るであろう。
しかし、そうした微に入り細をうがつ詳細規定も、その執行に至ってはかならずしも本来の立法趣旨は実現されてはいない。「環境法栄えて、環境滅ぶ」のたとえにも似て、「反腐敗規定栄えて、腐敗蔓延す」とも形容されるように、反腐敗規定の執行過程自体に腐敗が浸透しているからである。
こうした抑制システム不全の背景には、法制度のゆがみ以上に市場体制そのものが未整備な点が大きく作用している。1970年代末以来中国が進めている市場化改革とは、資源配分に関し、従来の計画・行政メカニズムにかわり、市場メカニズムがしだいに力を得てゆく転換過程ととらえられ、その過程では両者が並存する時期が不可避となる。「価格双軌制」とよばれる多重価格状況がここに生まれ、行政メカニズムによる資源配分の権限を握る官僚が、低価格に抑えられている計画価格の物資を市場価格で転売する「官倒」という名の官僚腐敗が1980年代には横行した。
その後の市場化改革の進展も、行政権力による経済活動への介入が完全に一掃されることはなく、行政の専横が参入障壁になることから、いわゆるレント・シーキング(中国語では「尋租」)行為が発生している。レント(rent)とは、供給不足によってつくりだされる超過利潤をさす。行政そのものが市場の取引活動に介入することを助長する制度の欠陥から生まれる腐敗のタイプである。中国の経済学者、胡和立(こわりつ)(1955― )と万安培(まんあんばい)(1957― )は、中国のレント総額の対GDP(国内総生産)比率を1987年20%、1988年30%、1992年32.3%と推計しており、中国のGDPの3分の1近くがこのレント・シーキングにより官僚の私腹を肥やす形で消えている計算となる。市場化改革が未完成であるがゆえに、政治権力を通じた資源分配、行政権力による経済活動への介入からレント・シーキング機会を追求する腐敗が猖獗を極めることとなった。
さらに、所有権のあいまいさがこれに拍車をかける。市場化改革の推進においては、財産権、所有権の明確化が不可欠の要素となる。とりわけ国有企業改革においては、単なる雇用された代理人にすぎないはずの請負経営者が本来の国有企業の所有者=国家を押しのけ、事実上の所有者としてふるまうこととなり、国有財産を私物化してしまうことがある。
こうした過程から、党の権威を盾に富と権力をほしいままにする行政官僚、党官僚が既得権益集団化した。高級幹部の子弟を意味する「太子党」、かつての革命幹部の子弟としての「紅二代」、それに改革開放初期に財をなしたマネーエリートの子弟の「富二代」などが「権貴集団」とよばれる既得権益集団を形成した。党幹部とその親族による「権貴資本主義」は、東南アジアにみられる「crony capitalism(縁故資本主義)」にも通じる。この既得権益集団は、中国政治はもとよりビジネス分野など中国のあらゆる領域で権勢を振るっており、世襲化、固定化の傾向も著しい。
こうして、腐敗は単なる経済事案にとどまることなく、いわば政治現象と化している。そして特権階級の存在に対する大衆の不満と批判が噴出することとなり、腐敗撲滅が政権にとって重要な政策課題ともなっている。かつて一党支配の強権体制を誇っていた中国政治もいまや大衆の意向を忖度(そんたく)せざるをえない段階を迎えており、ポピュリズムの色彩もぬぐえないからである。かくして権力層内部におけるイデオロギー、政策の分岐、権力闘争などを背景に、反腐敗運動自体が政治のうねりに翻弄(ほんろう)されることになる。
「虎もハエも同時に叩く」とは、習近平が党中央規律検査委員会(2013年1月)で示した党内の汚職根絶について掲げたスローガンであり、幹部クラスの高級官僚も、末端クラスの下級官僚も、その地位を問わず、厳格に処分していくという方針をさす。辣腕(らつわん)で知られた王岐山を共産党中央規律検査委員会書記に据え、かつて中国の司法・公安部門のトップを占め、莫大(ばくだい)な石油利権をもつ元中央政治局常務委員のはじめ、元人民解放軍ナンバー2の徐才厚、人民解放軍制服組元トップの郭伯雄らが収賄容疑で検挙された。従来、党内には、「刑不上常委」(刑は常務委員には及ばない)という不文律もあったが、「虎もハエも同時に叩く」反腐敗運動はこのタブーを破り、いわば聖域に踏み込む徹底ぶりをみせている。摘発対象が一部政治グループに偏しているようにもみえることから、習の反腐敗運動には権力闘争、派閥抗争の手段としての側面もみいだされる。さらには、民主活動家あるいは住民運動リーダーなどに対する締め付け・弾圧にも、汚職、不正蓄財などの嫌疑罪状が用いられており、今日の反腐敗運動には濃厚な政治的色彩を認めざるを得ない。
中国はOECD(経済協力開発機構)外国公務員贈賄防止条約、国連腐敗防止条約(UNCAC:United Nations Convention against Corruption)、「G20腐敗対策行動計画 2017-2018」など腐敗防止の国際的な枠組みにも積極的な姿勢を強めているが、はたして、習近平の反腐敗運動は単なる政治キャンペーンなのか、それとも「要職とはすなわち特権であり、特権を通じ、その一族郎党が富を目ざす」という中国社会に蔓延する腐敗観念を根底から覆そうとする大胆な社会変革を目ざすものなのか、最終的な判断はむずかしい。
現代中国における腐敗の猖獗の背景には、経済の急伸張、法制度の未整備、行政機能の不全・欠陥、市場化の悪影響などに加えて、歴史的な伝統意識、権力をめぐる政治力学など、さまざまな要因が複雑に絡み合っており、単なる法整備、政治教育、摘発強化のみでただちに腐敗が一掃されうるものではない。中国の反腐敗運動の帰趨(きすう)は中国政治、そして中国全体の方向をも左右することになりかねない。