自主的に削減した二酸化炭素(CO2)排出量を売り買いする排出権取引市場の一種。民間企業・団体や地方自治体などが、植林などでCO2排出量の見通し(基準、ベースライン)より削減した量を、第三者機関などにクレジット(環境価値・権利)として認証してもらったうえで、売買する市場である。このためベースライン・クレジット市場ともよばれる。基準より削減した民間企業などがクレジットを排出権として市場で売却し、反対に基準より余分に排出した民間企業などはクレジットを市場から購入することで、公平で透明性の高い排出量価格(単位はCO2トン当り)を形成するねらいがある。売却者は売却益をさらなる温暖化対策に充当できる。購入者にとっては、クレジットで排出分を相殺(オフセット)して環境保護姿勢をPRできるほか、購入額を減らすための脱炭素努力へのインセンティブ(誘因)が働く。これによりカーボン・クレジット市場は排出量を実質ゼロに抑えるカーボンニュートラルにつながるとされている。
クレジットとして認証されるのは、植林や森林管理によるCO2の吸収、省エネ機器や再生可能エネルギー導入による排出削減のほか、CO2の地中貯留などによる除去・隔離などの取り組みである。メタンやフロン類などCO2以外の温室効果ガスもCO2の重さに換算してクレジット認証する。国連機関が認証するクリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism:CDM)、政府や地方自治体が認証するJクレジット(日本)などのほか、環境団体など民間が認証するVCS(Verified Carbon Standard)、GS(Gold Standard)などがある。ただ認証機関によって基準が異なることもあって信頼性が低いクレジットもあり、カーボン・クレジット取引に対し、ヨーロッパ連合(EU)やヨーロッパ企業などは排出削減につながっていないと批判している。
経済学の視点では、カーボン・クレジット市場は、温暖化という有害な影響(外部不経済)に対し、当事者どうしの取引でコストを最小化しながら解決する「コースの定理」を応用した市場とみることができる。世界にはアメリカ、シンガポール、香港(ホンコン)、オーストラリアなどに多くのカーボン・クレジット市場がある。日本では2023年(令和5)、東京証券取引所が政府認証のJクレジットを売買するカーボン・クレジット市場を、SBIホールディングなどが幅広いクレジットを売買する「Carbon EX(カーボンイーエックス)」をそれぞれ開設した。
なお、排出権取引の類似市場に、政府が定めた排出上限枠(キャップ)を超えた場合、上限を下回った者から余剰排出枠の購入を義務づけたキャップ・アンド・トレード制度(方式)がある。カーボン・クレジット市場が民間主導による自主的取引であるのに対し、キャップ・アンド・トレード方式は公的・義務的色彩が濃い。EUはカーボン・クレジットを活用せず、キャップ・アンド・トレード方式を運用している。世界のカーボン・クレジット市場の取引総額は約19億ドル(2022年、約2500億円)で、キャップ・アンド・トレード方式の8650億ユーロ(同、約122兆円)を大きく下回り、キャップ・アンド・トレード方式の補完的役割にとどまっている。