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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 167

『塩鉄論 漢代の経済論争』(桓寛著、佐藤武敏訳注)

2012/05/10
アイコン画像    ポーズと口ばかりで「議論」をしない日本。
2000年以上前の熱き議論を見習うべき!?

 「議論」するのが好きなのではなく、「議論」という言葉が好きなんじゃないか。国会中継を眺めるたびにそう思う。守る側は「ご議論いただき……」と口にし、攻める側は「議論が尽くされていない!」とつつく。どっちも「議論したい」と言っているのだからすればいいと思うのだが、決してそうはならない。「議論」という言葉自体、ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」の初出によれば、すでに1400年代から使われているそうだが、残念ながら日本には根付かなかったということか(「論議」という言葉だって800年代から使われている!)。

 哲学初期の賢人――ソクラテスや孔子の書物が、対話形式で成り立っているのは、「議論」から思想が生み出された証左だろう。某知事や某市長が支持されるのは、「議論を吹っかける」のが上手だからではないか。日本人の多くは議論下手だけど、議論を望んでいないわけではないのだ。むしろ望んでいる。

 『塩鉄論』は、副題の「漢代の経済論争」からも明らかなように、実際行われた「議論」を再現した書物だ。


〈中国、前漢の政治討論集。桓寛(かんかん)の撰(せん)。10巻、60編。漢の昭帝は前81年に全国から賢良・文学の士(ともに地方官推挙の官僚候補者)60余人を招き,民間の悩み事につき政府の当局者と討論させた〉

(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)


 これがなかなか白熱した議論なのだ。登場人物は、御史大夫(ぎょしたいふ、監察官)と賢良。そのさわりを勝手にダイジェスト版でお送りすると……。


御史大夫「貧乏は貧乏人のせいでは?」

賢良「世が乱れ、富の不均衡が起こっているからだ」

御史大夫「金を稼いだ連中は、バクチや無駄遣いで金を浪費し、貧乏に落ちぶれている。貧乏人に施しても、結果が出ないのでは?」

賢良「飢えの心配がなければ、皆、勤勉になる」

御史大夫「政府はいろんなことをやっている。しかし恩を受けても怠けているから、貧困が続いている」

賢良「税金を安くすれば、その分、財産作りに励み、同時に労働にも励む」


 紀元前の議論なのに、まるで21世紀の日本が議題のようだ。異なるのは、こうした「議論」が日本でなされていないことだろう。そういう私は、いつも妻に議論を吹っかけては言い負かされているのですが……。

本を読む

『塩鉄論 漢代の経済論争』(桓寛著、佐藤武敏訳注)
今週のカルテ
ジャンル政治・経済
時代 ・ 舞台中国(B.C.80年代、漢)
読後に一言政治の根幹が「税」であることが、よくわかりました。
効用建設的な議論の見本です。
印象深い一節

名言
人を治める道は度をこえて楽しむもとを絶やし、道徳のいとぐちを広め、商業による利益をおさえて仁義を行ない、国家が利益を追求しないように手本を示すこと……(根本問題について)
類書紀元前から中華民国までの生活史『中国社会風俗史』(東洋文庫151)
中国思想の根幹「四書五経」を評価・解説する『四書五経』(東洋文庫44)
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