1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
ゴリド族の古老ウザーラと行く、ロシア人の 極東探検譚。古老の生き方が現代を照射する。 |
『デルス・ウザーラ』。映画ファンならば、「ああ、あの黒澤明監督の!」という反応が返ってくるはずだ。『どですかでん』の失敗、自殺未遂……。『デルス・ウザーラ』は65歳の黒澤監督にとっての、いわば復帰作だった。
シベリアのシホテ・アリニ山脈に沿った細長い地域を探検したアルセーニエフが、そのガイドとして交流したのが、先住民の古老デルスウ・ウザーラだ。アルセーニエフは「生涯の大半を極東の探検旅行に過ごした」(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)という作家兼探検家である。
その探検記を映画化するため、足かけ3年もソ連(現ロシア)に滞在しての過酷なシベリアロケ。しかも「動物園の虎じゃだめだ、野生のを連れてこい」とわがままを通すなど、往年のクロサワその人で、結果、アカデミー賞外国語映画賞を受賞するなど、作品は評価された。が、本人いわく「実にサラサラ撮っているでしょう」。
サラサラと撮るしかなかったのではないか。こういったら語弊があるだろうか。映画の原作である『デルスウ・ウザーラ』を読むと、そう思う(堀川弘通『評伝黒澤明』)。
狩猟で生計を立てるずんぐりとした60歳近いウザーラは、ロシア人(=欧州人)とは異なる世界観に生きている。自然をすべて人格化し、例えばぐずついた空を見上げ、「霧が雲になるか散ってしまうか自分でも知らない」と呟く。アルセーニエフ一行(と読者)は、虎との遭遇、山林火事、筏での渡河、飢え……といった過酷な冒険を通して、ウザーラの生き様=思想に惹かれていく。
著者は、ウザーラから哲学的な言説を引き出そうとする。すべてを人格化する彼に、何かあるたびに問う。
例えば彗星を目にした時。欧州人でも日本人でも、古来より彗星に不吉なものを見てきた。だがウザーラ。
〈あれはいつも空をいく、人のじゃまをしない〉
非常に淡々と、ありのままを受け入れているのだ。
で、アルセーニエフ。さらに聞き出そうと質問。〈太陽とは何かね?〉。返答がふるっている。
〈あんたみたことないのか。みなさい〉。
本書自体に書かれている冒険は、危機に次ぐ危機でスリリングだが、ウザーラがこの調子で淡々としているので、ハリウッド映画のような派手さが出ない。ウザーラ自身が自然に身を任せた「サラサラ」した存在なのだ。
だが一方で、こうした存在を許すのは、ここがシベリア=そのままの自然だからでもある。かの地を離れたウザーラがどうなったか。その悲しい結末は本書に譲りたい。
ジャンル | 伝記/紀行 |
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時代 ・ 舞台 | 1900年代初頭のロシア極東 |
読後に一言 | なんという生き様! |
効用 | 真の意味でのエコロジーとはこういうことでは? 「癒し」という言葉に反感を抱く人向け。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 魚も人だ。物をいうが、静かだからわしらにはわからない |
類書 | 蝦夷探検記『小シーボルト蝦夷見聞記』(東洋文庫597) |
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(2024年5月時点)