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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 141|624|627

『マッテオ・リッチ伝』(平川祐弘著)

2012/01/19
アイコン画像    郷に入れば郷に従え――人生を見事に
「更新」したイタリア人宣教師の生き方とは?

 突然、「更新」という言葉が気になり始めた。特にPC関係は更新だらけである。「更新せよ」「更新せよ」……。自分自身の「更新」に失敗し続けている身としては、この言葉は痛い。そこで「日本国語大辞典」(ジャパンナレッジ)で調べてみると、〈すっかり新しく変えること〉とある。初出は『続日本紀』の慶雲2(705)年の記事だから、気の遠くなるような昔から使われていたのだ。では、「更新」に相応しい東洋文庫は?

 検索していたら名言を見つけましたよ。


 〈旅行とは知性上の冒険であり、意志上の努力であり、感性世界の更新である〉


 どうです? 旅立ちのはなむけの言葉としても合っているし、人生を旅の連続と捉えるならば、まさに的を射たり、である。何の本の言葉かというと、『マッテオ・リッチ伝』の作者の言葉。「マテオ・リッチ」というほうが、世間的には通りがいいようだが、この人は、時代的には秀吉が天下を獲っていた頃、中国でキリスト教の布教をしていた、イタリア生まれのイエズス会宣教師である。

 何がすごいかって、読んでみて驚きましたよ。本書によれば、〈西洋人ではじめて中国語の読み書きを習い、はじめて明朝シナの都に住みつくことを得たイエズス会士〉だというのである。そして中国にいる間に、〈『天主実義』『交友論』『畸人十篇』『幾何原本』『坤輿万国全図』など、二十二点の漢文教書と科学書を編刊〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)しているのだ。

 本書は、小泉八雲研究でも名高い、比較文学者の平川祐弘が手がけた。全3巻のうち、半分がリッチ伝、半分がリッチを軸とした比較文化・宗教論だ。

 リッチの面白いところは、ヨーロッパ的なスタンスを、中国に着くや、なにもかも「更新」してしまったところにある。名前は「利瑪竇(りまとう)」に変えるは、法衣を脱いで中国の儒者の服を着るは、挙げ句、中国語で読み書きするのだから、OSごと更新してしまったようなものだ。中国人の先祖崇拝も「宗教ではない」と許したものだから、キリスト教も急速に広まっていく。だが、リッチの死後、イエズス会のライバル・ドミニコ会などがこれに噛みついた。中国に行っても「更新」せずに居丈高に布教した彼らは、相手にされなかったのだ。教皇は非更新側の肩を持ち、やがて中国でキリスト教は尻すぼんでいった。

 くだらぬプライドは「更新」の邪魔をする。歴史はそれを証明している。

本を読む

『マッテオ・リッチ伝』(平川祐弘著)
今週のカルテ
ジャンル伝記/宗教
時代 ・ 舞台1500年代中頃~1600年代前半の中国(明)
読後に一言目的がはっきりしているから、「更新」も可能なのだろう。
効用16世紀後半の日本~中国の文化、宗教の流れが見えてきます。
印象深い一節

名言
相手を真に理解するためには、逆説的だが、自分を主張して相手と対話を重ねなければならない。まずなによりも自分に主張すべき自己がなければならず、それを相手にわかる言葉で上手に説明しなければならない。
類書ルイス・フロイスによる日本布教史『日本史(全5巻)』(東洋文庫4ほか)
リッチを読んでいた新井白石と宣教師とのバトル『新訂西洋紀聞』(東洋文庫113)
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