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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 479

『中華名物考』(青木正児著、戸川芳郎解説)

2011/09/15
アイコン画像    「支那」とは美名なり?! 中国文学者の味わい深いエッセイで、隣国に思いを馳せる。

 朝刊の川柳だったと思うが、「隣国は替えられない」というような内容の句が載っていて、思わず膝を叩いた。確かに、「イヤだから引っ越す」ということは不可能だ。

 うまく付き合うには、相手を知るほかない。そこで格好の書となるのが、中国を愛してやまない青木正児(まさる)――大正から昭和の中国文学者によるエッセイ『中華名物考』である。

 これがなかなか味わい深い。

 たとえば、かつて北京で見た中秋の名月に思いを馳せながら、月に兎がいるとの伝説の本家が中国であることを伝え、帝釈や「楚辞」の話に飛び、さらには中国固有の伝説、「月中に蝦蟇がいる」なんて話まで出てくる。博覧強記とはこのことで、教養人らしいエッセイに、むむむと唸ってしまうのである。

 同書の中に「支那という名称について」の一節を見つけ、さらに唸った。

 氏によれば、「支那」の語が広まったのは江戸以降のこと。


 〈元来この「支那」という名称は、古代の印度人が名づけたもので、日本人が始めた悪口ではない。(中略)これ(印度語の「支那」)を翻訳すれば「思維」という意味で、その国人が思慮が多いから名づけたのであると説いた書もあり、また「文物国」ということで、この国を讃美した名称であると説いた書もあり、漢国というほどのことで、「神州の総名」であると説いた書もあるが、いずれにしても美名なのである〉


 ところが、日清戦争の後、「支那」の単語を読み込んだ戯れ歌が流行った。中国人にしてみれば、馬鹿にされているようにも聞こえただろう。つまり「支那」という言葉が悪いのではなく、当時の日中関係がいびつだったということなのである。氏によれば、〈終戦時、華僑中無智の徒は、書林の店先で「支那」と名の付く書物を引張り出して、街頭に捨てるような乱暴をはたらいた者さえあった〉というから、ただごとではない。さらには〈文部省も気がねして〉、「支那文学」などの名称を使わぬよう、大学に通達したというから、何をか言わんやである。

 関係がいびつなのだから、そこを改善すればいいのに、小手先で繕おうとする。だから政治家の「支那発言」が外交問題になったりするのだ。調子のいい時は居丈高になり、旗色が悪くなると相手に媚びへつらう。これではいびつな関係は良くならない。こう考えると隣国との外交は、近所づきあいの延長線上にあるのかもしれない。

本を読む

『中華名物考』(青木正児著、戸川芳郎解説)
今週のカルテ
ジャンル随筆/実用
時代 ・ 舞台中国
読後に一言あの隣国とどう付き合っていくか。21世紀の課題です。
効用中国に対する理解がぐっと深まります。
印象深い一節

名言
日本では「梅に鶯」が定つた配合であるが、唐土では「柳に鶯」が取合わされている。(鶯はウグイスに非ず)
類書同著者の中国愛に溢れた随筆集『琴棊書画』(東洋文庫520)
同著者の中国旅行記&エッセイ『江南春』(東洋文庫217)
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