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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 446

『貞丈雑記2』(伊勢貞丈著 島田勇雄校注)

2021/02/04
アイコン画像    「おくちにあいますかどうか。」
有職故実の古典に学ぶ(2)

 去年のことだが、okokoro tape(おこころテープ)の貼ってある品をいただいた。

 「おくちにあいますかどうか。」とテープに印字されていて、これがなかなか面白い。他にも、「ほんのきもちですが。」や「つまらないものですが。」のバージョンがあるらしい。

 なぜこんなことを思い出したかというと、本書『貞丈雑記2』に、こんなくだりを見つけたからだ。


 〈亭主は、「もてなしの品、珍しからぬ物にてあんばいもよろしからねば、御口にあい申すまじ」と卑下して、客にしいて参らせざる事、客人へ対しての礼なり〉


 『貞丈雑記』は、〈江戸中期の有職故実研究書〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)だが、すでにこの時点で、「お口に合いますかどうか」と同様のフレーズが、使われていたことに驚いた。してみると、長い年月に堪えた言い回しということになる。

 客人のふるまいも、紹介しておこう。


 〈客人は、人のもてなしに出したる物をば、うまき体をしてすすみて能く食うは、亭主へ対しての礼なり〉


 「うまき体(てい)」というのが、いいではないか。出された物をおいしそうにパクパク食べろ、ということだ。

 ここまではわかる。しかしそのあとに続く書きっぷりに、思わず笑ってしまった。


 〈当世はその礼を知らぬ人多く、客人は食うまじきといい、亭主は無理にしいてすすめんとする事、田舎人の風俗なり〉


 客は結構ですと遠慮し、迎えた側は「食え」と強いる。今でもよくある一コマだ。著者の伊勢貞丈の歯がみする様子が見えるようである。ちなみに「日本国語大辞典」によれば、「田舎」という言葉に、〈野卑、下品、粗暴などのさま〉の意が加わったのは後のことで、時代が下るにつれてその意味が強くなっていきました。伊勢家は代々、〈足利将軍周辺の故実家として重んぜられた〉(同「世界大百科事典」「伊勢流」の項)だけに、「田舎人」は最大の侮蔑の言葉なのだろう。逆に、カッコ悪い気もするが。

 このご時世、飲みニケーションもへったくれもないが、酒席で、「まあ一杯」と酒を強いる人がいる。私のような人間は「勝手にやらせろ」と思ってしまうのだが、本書によれば、〈さかもり(酒盛り)の時には強いるを興とする事、古今ともに同じことなり〉とある。ああ、酒席では強いてもOKなのね。



本を読む

『貞丈雑記2』(伊勢貞丈著 島田勇雄校注)
今週のカルテ
ジャンル教育/政経
時代・舞台江戸/1784年頃完成、1843年刊行
読後に一言『貞丈雑記』は事典的な使い方も出来る。たとえば、女房詞も数多く掲載されていて、「青物(あおもの)」が女房詞のひとつであることを本書で知りました。
効用2巻目は、装束(ファッション)、飲食、調度(道具)など6項目を収録。
印象深い一節

名言
(酒を)一こん・二こんと云うを一盃(はい)・二盃の事と心得たる人、あやまりなり。(中略)酒を一盃・二盃と云うは、今時の人の詞なり。(巻之七「酒盃の部」)
類書江戸時代の食の事典『本朝食鑑(全5巻)』(東洋文庫296ほか)
江戸のお菓子レシピ集『近世菓子製法書集成』(東洋文庫 710、713)
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