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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 500

『中国古代の祭礼と歌謡』(M・グラネ著 内田智雄訳)

2020/06/11
アイコン画像    詩経は恋愛ソングだった!?
仏社会学者が分析する古代の中国

 まずは以下の文章を一読されたい。


〈私は文献それ自体を与件として取扱った。(中略)されば、吾々は文学史および宗教史のかかる漸進的な二重の研究過程において成された考察を、組織的な方法で排列しさえすればよいのである〉


 この時点で腑に落ちた人間は相当の読解力がある。私は都合、3度読んだ。

 本書は、フランスの社会学者グラネ(1884~1940)の「詩経」と「祭礼」に関する論文である。〈彼の博士論文である《中国古代の祭礼と歌謡》は,中国古代の村落共同体の宗教的行事の中から歌謡が生まれてくる様相を分析して,《詩経》国風篇の成立を考えるとき今なお示唆に富む〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」「グラネ」の項)。

 詩経は中国最古の詩集であり、儒教の経典・五経のひとつである。経典=教えなので、崇め奉られてきた、という歴史がある。それに対して、テキストそのものを与件(研究の出発点、条件)として分析する、というのが、グラネの立場だ。いわゆるテキスト論である。そしてさらに、文学と宗教学という2つの方向からアプローチされていたものを、順番にテキストを見ていくことで合体しちゃいますよ、というのがグラネの「方法」なのだ。それを持って回って書くと(そして難解な文章のノリをそのまま訳出しようとすると)、かくもコムズカシイ日本語の文章が現れる、というわけだ。

 ではグラネは本書で何を言わんとしているのか。

 400ページを超える名著を数行で要約するのははなはだ乱暴だが、グラネが言っていることは、詩経、なかでも「国風」は、道徳的な経典ではない、ということである。さまざまな集団が集うお祭りの時に、男女間で唱和された歌であり、これによって異集団同士の結婚が成立した。古代の祭礼は、性的な儀礼や結婚の象徴としてあった。言い換えれば、グラネによれば、古代の祭礼は陰と陽を象っており、陰陽――つまり男(陽)と女(陰)を繋ぐものとして「詩経(歌)」が生まれた、ということだ。

 ではどんな歌か。有名な詩『桃夭』の一説を紹介する。


〈桃之夭夭/桃の夭々(ようよう)たる
灼灼其華/灼々(しゃくしゃく)たるその華
之子于蹄/この子ここに歸(とつ)ぐ
宜其室家/その室家に宜しからん〉

(※読み下しは、東洋文庫『詩経国風』より)


 桃のような若々しい女性が嫁いでいく時の歌である。詩を読んで改めて、グラネの言い分が腑に落ちた。



本を読む

『中国古代の祭礼と歌謡』(M・グラネ著 内田智雄訳)
今週のカルテ
ジャンル評論/詩歌
刊行年1919年
読後に一言久しぶりに「かかる」連発の文章を読みました。例えば「このような概念~」をわざわざ「かかる概念~」と表記するのは、かしこまった文章の特徴です。学生の頃は、「かかる」を用いれば、論文っぽくなると思っていました。
効用2500年以上も前の「詩経」を題材に、フランスの中国学者の泰斗が、古代の中国社会を分析する。
印象深い一節

名言
すなわち古代の祭礼は、異れる宗教思想の体系が暦の到る処に配分されているところの儀礼の粉末に分解せられたのである。(「結論」)
類書古代中国人の心と生活態度を解明『四書五経』(東洋文庫44)
同著者による宗教社会学『中国人の宗教』(東洋文庫661)
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