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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 578

『セイロン島誌』(ロバート・ノックス著 濱屋悦次訳)

2019/02/07
アイコン画像    19年の歳月をかけた
決死の脱出大作戦とは

 〈私は今まで、死が人間にとって、これほど安楽で喜ばしいとは考えてみたこともなかった〉


 唐突ですが、これは、死を目前にした父親が、息子に語って聞かせた言葉です。

 イギリス人の二人は今、セイロン島(現在のスリランカ)にいます。時は1600年代後半。病で死にゆく父親は、かつて船長でした。「かつて」と書いたのは、今はキャンディ王国に幽閉される身だからです。そして自由を奪われたまま、異国の地で命が尽きようとしているのです。残された19歳の息子はどうなるのか。過酷な運命が待ち受けていることは想像がつきます。

 と、煽っておいてなんですが、本書が書かれた大きな目的は、当時の欧州にとってのアジアの戦略的要所であったセイロン島の自然、国の仕組み、文化や風俗を紹介するところにあります。4分の3は紹介で占められます。

 ところが一転、最終章でドラマが始まります。

 著者のロバート青年は、脱出を諦めていませんでした。一緒に捕らえられたイギリス人は、行動は制限されていましたが、ある程度の自由は許され、食事も支給されていたこともあり状況を受け入れていきます。妻を娶り、子を作り、現地に同化していきます。

 はたして自分ならどうするか。答えは出ません。どちらが楽かと言われれば、同化でしょう。

 ところがロバート青年だけは諦めません。常に“脱出”が頭にあり、その遂行のために、どんなにすすめられても妻を娶らず、王に仕えもせず。ひたすら耐え、準備し続けたのです。その期間、なんと19年と6か月! 19歳の青年はアラフォーになっていたのでした。

 仲間ひとりを伴ったこの脱出行は、手に汗握るドラマなのですが、そこは読んでいただくとして、一気に感動の場面に飛びます。


 〈私たちはついにアリップ砦(注・オランダ領)に到着した。それは一六七九年十月十八日土曜日、午後四時ごろであった。その日こそ、神が私たちに偉大な恩寵を与え給うた日である。私たちは終生、その日を忘れることはないであろう。神はとうとう私たちに大きな救いを下された。思えば長い虜囚の生活であった〉


 生きるとはどういうことか。ロバート青年にとっては「自分の意思で生活する」ことでした。ゆえに脱出を諦めなかった。この強さに、感服します。



本を読む

『セイロン島誌』(ロバート・ノックス著 濱屋悦次訳)
今週のカルテ
ジャンル民俗学/政経
時代・舞台17世紀後半のスリランカ(セイロン島)
読後に一言スリランカに喫緊の興味関心がなかったので手に取っていませんでしたが、読んでびっくり。すぐに映画化できそうな脱出劇でした。
効用スリランカの風俗や自然、当時の行政を知る意味でも、優れた資料です。
印象深い一節

名言
要するに私は、すべての経過を奇跡の神意と見るのである。(第四部「虜囚二十年のいきさつと脱出」)
類書同時代に朝鮮に幽閉されたオランダ人の記録『朝鮮幽囚記』(東洋文庫132)
16世紀の東洋を巡る冒険譚『東洋遍歴記(全3巻)』(東洋文庫366ほか)
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