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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 517

『洛陽伽藍記』(楊衒之著 入矢義高訳注)

2018/11/15
アイコン画像    場所と記憶の関係とは?
6世紀の中国の伽藍に思いをはせる

 先日、『建物が語る日本の歴史』(海野聡/吉川弘文館)という本を読んだのですが、なかなかの1冊でした。この本が面白かったのは、《建築は歴史の舞台であり、歴史を語る生き証人である》という視点から、建築という要素を通して日本の歴史(縄文時代から明治の初期まで)を読み解こうとしているところです。

 私たちは歴史的建造物を目にしても、そこに人のドラマや生活があったことは忘れがちです。たしかに言われてみれば、東大寺にも鹿鳴館にも、それぞれのドラマがあったはずなのです。人が生きた証があったはずです。この本でそのことを意識させられ、建物の見方が変わりました。

 そこで本書です。6世紀に書かれた『洛陽伽藍記』は、まさに伽藍(寺院)という建物を通して、ありし日の北魏の都・洛陽の姿をこの世に残そうとしたものです。

 著者はこう記します。


 〈都の内外の千をも越えた寺々は、今やがらりとした廃墟となり、鐘の音は聞こえることもない。これでは後の世に伝わらずじまいになると思い、そこでこの記録をものした次第である〉


 中心は、寺の成り立ち、伽藍を立てた人物や規模、伽藍の構造の話です。たとえばこんな調子です。


 〈(景明)寺は東西南北それぞれ一辺が五百歩、前に嵩山(すうざん)の少室を望み、うしろに洛陽城を控え、青々とした林が影をおとし、緑の水が美しい模様を描いていた。形勝の地であり、からりと乾いた絶景の場所であった。堂観は山にかかって壮麗を極め、それが一千間余りも連なっていた〉


 名調子ですね。

 こうした伽藍の紹介に混じって、戦の時に寺が利用された時の話や、あるいは真偽の定かでない伝説などのエピソードが多弁に語られます。それによって、その場所がいきいきと立ち上がってくるのです。私はまるで、6世紀の中国に迷い込んだかのような錯覚を覚えました。

 たしかに私たちが何かを思い出すとき――たとえば高校生の頃の記憶と校舎がセットであるように――場所と記憶は切っても切り離せません。場所が“記憶”を有していると言ってもいいかもしれません。

 どれだけ素敵な場所の記憶を持っているか。人生の豊かさとはそういうことなのでしょう。



本を読む

『洛陽伽藍記』(楊衒之著 入矢義高訳注)
今週のカルテ
ジャンル記録
時代・舞台6世紀中ごろの中国
読後に一言住んでいるところと人生は重なり合います。
効用「寺院紀行」としても楽しめます。
印象深い一節

名言
項(うなじ)に日の光を具えた仏が夢に現われ、その満月の如き顔(かんばせ)が輝きわたってからは、洛陽の開陽門に白毫(びゃくごう)の仏像を荘厳(しょうごん)し、御陵に紺髪の仏のお姿を描くことになり、それ以来、人びとは争って仏に帰依し、かくてその信仰は中国に広まった。(「序」)
類書同じ訳者による北宋の首都の繁盛記『東京夢華録』(東洋文庫598)
長安と洛陽の都城誌『唐両京城坊攷』(東洋文庫577)
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