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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 315|316

『中国の印刷術 1、2 その発明と西伝』(T.F.カーター著 L.C.グドリッチ改訂 藪内清・石橋正子訳注)

2018/11/08
アイコン画像    「印刷」は社会に革命をもたらした
中国と西洋の文化交流の歴史

 私たちの思考は“モノ”と切り離すことができません。たとえば私自身、パソコンのない時代を経験していますが、明らかに無い時と思考の仕方が変わってきています。電話、テレビ、パソコン、スマホ……と新しい“モノ”が登場するたびに、無意識に影響を受けているのは間違いありません。

 そんなことを改めて考えたのは、『中国の印刷術』を読んだからです。訳者の「序」の言葉が、本書の性格を表しています。


 〈本書の特色は、むしろ世界史的規模において紙と印刷術の歴史を追求した点にある〉


 本書は、「印刷術」を軸に、東西交流史を掘り起こそうとしているのですが、なぜ“印刷”にスポットを当てるかといえば、これによってその後の社会が激変したからです。特にヨーロッパの変化はすさまじいものでした。いわゆる、紙・印刷術・火薬・羅針盤という中国の「四大発明」がルネサンス期のヨーロッパに伝わります。当時のその衝撃は、パソコンどころの騒ぎではないかもしれません。


 〈ルネサンスの初期にヨーロッパ中に広まった四大発明は、現代世界の形成に大きな貢献を果した。紙と印刷術は宗教改革への道を開き、また民衆への教育を可能にした〉


 聖書が印刷されたことで、民衆が直接聖書に触れるようになり、一気に言葉と文化が広がっていったのです。ルターの宗教革命を支えたのは、「印刷」でした。

 日本人の場合、この衝撃はわかりにくいかもしれません。すでに770年に『百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)』という経文を印刷しており、木版印刷は江戸時代も隆盛でした。紙と印刷術を発明した中国の影響下にあった日本では、印刷が当たり前だったのです。

 ではなぜ、ヨーロッパに印刷が伝わるのが遅れたのか。

 本書によれば、西のキリスト教圏と東の仏教(儒教)圏の間に、イスラム教圏が横たわっていたのが理由だといいます。イスラムでは、聖典の『コーラン』は手書きでなければいけない、という決まりがあり、「紙」の技術導入はしたものの、印刷に有用性を見いださなかったというのです。もしもっと早く印刷技術がヨーロッパに伝わっていたら、今とは違った世界になっていたかもしれません。



本を読む

『中国の印刷術 1、2 その発明と西伝』(T.F.カーター著 L.C.グドリッチ改訂 藪内清・石橋正子訳注)
今週のカルテ
ジャンル産業・技術/歴史
刊行年1955年改訂(1925年第一版)
読後に一言よくよく考えてみれば、現代はツイッターで政治や外交が動く時代ですからね。私たちの思考はやはり、“モノ”ありきなのでしょう。
効用巻末の「紙と印刷技術」の年表を眺めるだけでも、非常に面白い!
印象深い一節

名言
この探究で示された偉大で顕著な事実は、世界の両端における人間精神の働きの平行性であり、その平行性は印刷術の歴史上のどの段階でも明らかにされる。(『中国の印刷術 2』「第四部 活字による印刷」)
類書明代の科学技術を紹介する『天工開物』(東洋文庫130)
清代の医学水準がわかる『中国の医学と技術 イエズス会士書簡集』(東洋文庫301)
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