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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 81

『留日回顧 一中国アナキストの半生』(景梅九著 大高巖・波多野太郎訳)

2018/10/11
アイコン画像    中国版『ライ麦畑でつかまえて』
これぞ20世紀初頭の“青春”だ!!

 「一中国アナキストの半生」という仰々しいサブタイトルがついていますが、本書をひと言で表すなら、“中国版ライ麦畑でつかまえて”とでもいいましょうか。

 サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』は、〈成績不良で高校を退学になったホールデンが、ニューヨークに戻りながら両親のもとに帰りにくいまま過ごす2日間のことが、彼自身の口から語られる〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)という青春小説です。

 本書『留日回顧』の場合は、17歳から31歳までの長期にわたるのですが、著者の景梅九(1883~?)は、ホールデンと同様、とんでもなくおしゃべりなのです。たとえばこんな調子。


 〈みなさん、せかれずに私の白状するのをお聞きあれ。私がなんという名で、どこの住人かは、しばらくいわずにおく。というのは刑事に探り出され、法廷に報告され、さっそく死刑と判決され、ただちに執行されたり、あるいはたちどころに銃殺されたりして、断頭台上の惨憺たる光景が見るに忍びないからというのではない〉


 このおしゃべり――もとい、景梅九が何をしたかといえば、いわば20世紀前半の日本と中国を、「革命!」と叫んで駆け抜けたのです。

 〈明治36年(1903)来日,第一高等学校でまなぶ。中国同盟会に参加し,また幸徳秋水らに傾倒。41年帰国。革命運動に従事し,1911年北京で「国風日報」を創刊。のち西安などでジャーナリストとして活動した〉(同「日本人名大辞典」)

 本書は革命の理論書でも実践書でもなく、留学先の日本で送った“一中国青年の青春体験記”なのです。私が、“中国版ライ麦畑でつかまえて”と言いたくなる理由がおわかりでしょうか。

 革命家・宮崎滔天との交流も、景梅九ならではです。彼は滔天と痛飲し、酔っ払ってしまいます。


 〈つぎの朝、酔もまださめずに、とある神社に入って桜の花の下に立つと、あたりはひっそりしていたが、忽ち群なす鳥がこの酔っぱらいも避けずに争って木の枝にとまり、花びらが乱れ落ちた。いまそのときのことを思い出すと、夢か幻のようだ〉


 これぞ“青春”です。極論をいえば、景梅九にとっての革命とは、おのれを目一杯、表現することだったのでしょう。



本を読む

『留日回顧 一中国アナキストの半生』(景梅九著 大高巖・波多野太郎訳)
今週のカルテ
ジャンル伝記/随筆
時代・舞台20世紀初頭の日本、中国
読後に一言私にとって『ライ麦畑でつかまえて』は青春の書です。10代の頃、いったい何度読んだことか。その時の感情が、恥ずかしさと共によみがえりました。
効用景梅九は、幸徳秋水、大杉栄、宮崎滔天ら日本の革命家とも交流しました。本書は、「中国人青年が見た日本の政治運動」という側面もあります。
印象深い一節

名言
青年諸君に申し上げる。私の往事を真似するなかれ。今日が求学時代ではないとするなら、いつの日が求学時代であろうか? 大いに時間を大切にし、いいかげんに過さないように!(第三章)
類書宮崎滔天の半生記『三十三年の夢』(東洋文庫100)
フランス人の中国ルポ『辛亥革命見聞記』(東洋文庫165)
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