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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 226

『島根のすさみ 佐渡奉行在勤日記』(川路聖謨著 川田貞夫校注)

2018/07/05
アイコン画像    ふるさとへの思いが溢れる
江戸末期の「佐渡島版徒然草」

 最初に本書のタイトルを目にした時、「島根県はすさんでいるの?」と思ってしまった私は、学の無さを露呈しています(苦笑)。副題の「佐渡奉行在勤日記」からわかる通り、島根とは何の関係もありません。「島根」とは単に〈島〉のことで、〈「ね」は接尾語〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)。「すさみ」とは「すさび(荒び・遊び)」ともいい、〈心がある方向にどんどん進むこと〉〈気の向くままに行うこと〉(同「全文全訳古語辞典」)なんだそうです。語誌としては〈自然の勢いや成りゆきに任せる〉(同「日本国語大辞典」)の意で、そこから派生して「ひどくなる」「荒れる」「心のおもむくまま」という用例に繋がっていきました。……勉強になります。

 つまり本書は、“佐渡島版徒然草”。著者・川路聖謨(かわじ・としあきら/1801~68)は幕末の能吏。〈佐渡奉行、普請奉行、大坂町奉行、勘定奉行、外国奉行などを歴任、名声を博〉しました(同「日本国語大辞典」)。

 この川路、〈小心でなくては大事はできない〉(同「日本人名大辞典」)という言葉を残しているのですが、本書を見ると確かに細かい。およそ1年間の佐渡生活を1日も欠かすことなく日記にしたためているのです。天気はもちろん、〈わた入〉(布団)の枚数まで記します。

 江戸に残す母親を楽しませるために書いた日記なので、勤務に関する話題より、食事や日常生活の話題、付随して心情描写が多いのですが、これがなかなか読ませます。


 〈佐渡に三年も居り候(そうろう)こゝろに成り、今日かぞえみれば、いまだ百日にはならず〉


 望郷の念で溢れています。

 川路にとっては十五夜の名月も郷愁を誘うのです。


 〈何くれと忘れしこともおもい出て/月の光に袖ぞ露けき〉


 いよいよ帰国の時、心はすでに江戸にあります。


 〈うれしくぞかわらぬみどり故(ふる)さとの/こゝろを庭のまつにみる哉〉


 故郷への思慕は、松の緑のように変わらぬ、ということなのでしょう。

 この間、川路は一揆がおきた後の佐渡を立て直すなど、佐渡奉行として成果をあげるのですが、一方で、毎日日記に本音を吐露することで、心を整えていたのでしょう。

 不特定多数に読まれるSNSは心がすさむことが多いような気がしますが、特定の人へ書くという行為は、心を落ち着かせるのかもしれませんね。



本を読む

『島根のすさみ 佐渡奉行在勤日記』(川路聖謨著 川田貞夫校注)
今週のカルテ
ジャンル日記/記録
時代 ・ 舞台1800年代半ば/佐渡島
読後に一言下に紹介した名言は、川路が説く部下や年下へのアプローチの仕方。……勉強になります。
効用佐渡の金山の様子や佐渡の風習なども紹介されており、当時の佐渡を知ることができます。
印象深い一節

名言
人の上たるもの、下のものよりこと聞かんには、いかにも色を柔らげて、ものいゝよくして聞くべきこと也。
類書著者のロシア使節との交渉日記『長崎日記・下田日記』(東洋文庫124)
著者晩年の英国留学中の孫にあてた通信日記『東洋金鴻』(東洋文庫343)
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