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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 211

『修験道史研究』(和歌森太郎著)

2018/06/28
アイコン画像    役行者の伝説はいかにして生まれたか
古典的研究書から見る伝説の変遷

 「役行者(えんのぎょうじゃ)」をご存じでしょうか。役小角(えんのおづぬ)、役優婆塞(えんのうばそく)、役君(えのきみ)などとも呼ばれた〈7世紀末に大和国の葛城(木)山を中心に活動した呪術者〉です。〈鬼神を使役〉したり、〈虚空を飛んで仙人と交わ〉ったりしたと言われています(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)。嘘のような話ですが、実在していたのは事実らしく、『続日本紀』(東洋文庫所収)にも、役行者を「妖術で人を惑わした」という理由で、〈伊豆嶋に配流した〉という記述があります。この事実に、私は胸躍ってしまうのです。

 本書は、「修験道」の歴史を詳述した研究書ですが、その由来を役行者から始めます。なぜなら、〈日本の山岳宗教である修験道の開祖として崇拝〉(同「ニッポニカ」)されてきたからです。

 で、本書の役行者の分析が面白い。

 まず「なぜ葛城山だったのか」と問います。この地には、「土蜘蛛」(柳田国男の言う「山人」)と呼ばれる朝廷に歯向かう集団がおり、朝廷も攻めあぐねた。この記憶が、葛城山を畏怖させる元となったと著者は言います。


 〈(役小角は)山岳信仰と咒術とが極めて重大意義をもっていた上代において、霊異の地葛城山の神を負う、反国権的な優れた咒術師として、とにかく世間の信望を獲、わが古代山岳宗教界に高い地位を占めていた〉


 著者の分析の面白さは、「時代背景」を加味しているところです。


 〈役行者伝説は要するにやはり時代の産物であって、時代の宗教社会の推移に相応ずるようにして変貌潤色を加えられ来っているのである〉


 役行者という実在の呪術師は、やがて仏教の影響が強まると、それと結びつきます。奈良時代、山林修行をする僧に対し呪術を禁止する勅を出しますが、それはこうした僧が大勢いたという証拠です。するとこの時代、役行者が信仰していたはずの葛城一言主が、役行者によって使役されるという〈相互関係〉の〈逆転〉が起こるのです。仏教側は、役小角に「役優婆塞」という仏教的呼び名を与え、自分たちの側に取り込んでしまった……。なるほど、ですね。

 かくして「修験道の開祖」として役小角は祭り上げられ、各地に伝説が生まれていきます。伝説も伝統も、取り込んだもん勝ちなのですね。



本を読む

『修験道史研究』(和歌森太郎著)
今週のカルテ
ジャンル宗教/歴史
刊行年 ・ 舞台1943年/日本
読後に一言本書のもとになったのは、著者の卒業論文。卒論が古典的名著と呼ばれるなんて!
効用〈修験道にはわが国民の固有信仰儀礼が籠っている〉(序)という問題意識は、戦中の刊行という時代がなせるワザかもしれませんが、修験道の基本的文献であることは間違いありません。
印象深い一節

名言
自信というものが、畢竟「知る」こと――それはみずからのみならず、当然他をも知ることを含むが――によってほんとうに身につき得ること、少しく反省してみれば誰しも気づくことである(「結語」)
類書役小角のエピソードを載せる『日本霊異記』(東洋文庫97)
江戸時代の修験道史料『木葉衣・鈴懸衣・踏雲録事』(東洋文庫273)
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