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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 270

『朝鮮小説史』(金台俊著 安宇植訳注)

2018/03/01
アイコン画像    隣国を知るための絶好の手引き
韓国初の近代的な小説史

 実は昨年から、他国の文化を知る手っ取り早い方法になるのでは、とせっせと外国小説を読んでいます。11か国までクリアしましたが、北欧ミステリが面白過ぎてそこで足踏みをしています。

 同様の理由で、本書『朝鮮小説史』は非常に面白い評論でした。平昌五輪で韓国が身近になった人も多いと思いますが、本書は隣国を理解する手助けとなります。

 本書はその名の通り、朝鮮の「小説」の歴史を、多くの小説を紹介しながら詳述しているのですが、「小説史」であると同時に「社会史」でもありました。


 〈真理は、地中に深く埋もれた夜光の珠のごとく、永久に埋もれたままでいるものではない。あらゆる侮蔑と迫害のなかから、とりわけ難関のめぐらされた社会の裏面にあって、一歩また一歩と発育し、成長を重ねてきたのが小説であり、さらにまた、これが朝鮮における小説の発達相であったといってよい〉


 朝鮮の小説は、「侮蔑と迫害のなか」から生まれた。これが著者の認識です。たとえば、新文芸が勃興したのは、壬辰・丙子の乱以後だと指摘します。壬辰の乱とは、豊臣秀吉による朝鮮侵略、丙子の乱は清朝による朝鮮侵略です。16世紀後半から17世紀前半にかけて、朝鮮半島は隣国に蹂躙され続けたのでした。さらに近代的な小説が誕生し始めたのは、19世紀後半、日本が朝鮮半島を植民地化する過程の中でした。そう考えると、〈真理は、地中に深く埋もれた夜光の珠のごとく、永久に埋もれたままでいるものではない〉という言葉は、重くのしかかります。珠を地中深く埋めてしまったのは、日本なのかもしれないのですから。

 もちろん、著者は自国に対しても鋭く指摘します。李氏朝鮮では、朱子学(儒教)が社会を独占し、それが弊害になっていると批判します。


 〈(朱子学が)腐敗した道徳律をいたずらに守ることと、目上の者に絶対に服従することのみを教えたため、勇敢な自由の精神までがそこなわれるようになり、残されたものといえば、儒教のもつ害毒性ばかりとなってしまった〉


 中国と儒教の影響下にあった――。これは日本と同じです。いわば朝鮮(韓国、北朝鮮)と日本は、文化的な義兄弟なのです。『朝鮮小説史』を読んで、その思いを強くしました。



本を読む

『朝鮮小説史』(金台俊著 安宇植訳注)
今週のカルテ
ジャンル評論/文学
時代 ・ 舞台1939年刊行(韓国、北朝鮮)
読後に一言著者の金台俊は、戦中は独立運動に関わり、戦後は〈労働党幹部として反米闘争に参加し,李承晩(イースンマン)政権によって処刑され〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)てしまいます。本書は、「朝鮮とは何か」を問うた末の〈韓国最初の文学史〉(同前)なのです。
効用金台俊の独立運動の様子を描いた直筆ルポ『延安行』が、付録として「解説」に収録されていますが、これも興味深い読み物です。
印象深い一節

名言
今日のテーゼは明日のアンチ・テーゼを予期せねばならず、今日新しいものでも明日には陳腐なものになりかねない。(第七編「新文芸運動四十年間の小説」)
類書ハングル小説の発達を促した口承文芸『パンソリ』(東洋文庫409)
韓国の漢文説話集『青邱野談』(東洋文庫670)
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