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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 518

『詩経国風』(白川静著)

2017/09/07
アイコン画像    あなたの心を揺さぶる
3000年前の“愛の歌”

 先日、知人に薦められて『寺山修司少女詩集』(角川文庫)を手に取りました。中でも、「ハート型の思い出」という詩に心動きました。右からも左からも読める詩で、文字組がハート型になっているのです。久々に“恋愛”というものに、心が熱くなりました。

 東洋文庫にも、実は“恋愛”を扱ったものがあります。『詩経国風』です。「詩経」は、〈中国最古の詩集〉で、〈儒教の経典(いわゆる五経)の一つ〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)とされています。この詩経は風(国風)・雅・頌の3部からなり、とりわけ風には恋愛の歌が溢れているのです。で、詩経の風(国風)を、〈漢字研究の第一人者〉(同「イミダス」)でジャパンナレッジ収録の「字通」著者でも知られる白川静氏が、口語訳したのが『詩経国風』なのです。

 例えば「草蟲」(いなご)という歌。


 〈喓々(えうえう)たる草蟲/趯々(てきてき)たる阜螽(ふしゆう)/未だ君子を見ざれば/憂心 忡々(ちゆうちゆう)たり/亦既に見/亦既に覯(あ)ひ/我が心 則ち振る〉


 この書き下し文に対し、白川氏はこう訳します。


 〈ようよう いなご/ばたばた はたおり/あいみぬうちは/こころなやまし/やつと會えて/やつと相見て/心がいえた〉


 白川氏は、〈戀(恋)愛〉であり、〈草摘み歌〉として歌われたものだという。草木の繁茂は、自然の力そのものであり、「おおばこ」を摘むという行為は、それを自分の中に取り込むことでもありました。その生命力は、恋愛とも重なるのです。

 もうひとつ。同じく草摘み歌「芣苢」(ふい/おおばこ)。


 〈おおばこを/すそにとろ/おおばこを/つまにとろ〉


 氏いわく、〈子求めのため〉の歌だそうです。草を摘むという行為が、出産を象徴しているのです。


 何よりも本書を際立たせているのは、白川氏の何とも言えない口語訳です。「草蟲」の書き下し文を見てもらえればわかりますが、これが〈やつと會えて/やつと相見て/心がいえた〉という素敵な詩に変わるのです。「詩経」の歴史的背景とか、元の詩とか、そんなものは関係なく、氏の口語訳だけを読んでいるだけで、心のどこか――かつて恋愛に揺れ動いていた部分が、反応するのです。

 女に捨てられた男の未練がましい歌、逢い引きの歌、駆け落ちの歌、別れの歌……。さまざまな愛の歌から、あなたのお気に入りを見つけてください。



本を読む

『詩経国風』(白川静著)
今週のカルテ
ジャンル詩歌/評論
時代 ・ 舞台B.C.1000~B.C.500年代の中国
読後に一言〈どうかお食べに來ておくれ〉。これ、男を誘う隠語なんだそうです。なるほどなあ。
効用白川静氏の解説、注釈は、それを読んでいるだけでも勉強になります。
印象深い一節

名言
歌は敍景によって自己の感懐を述べるためのものでなく、その自然との交涉をもつ場として、呪歌的機能をもつものとして意識されていたのである。(「詩経国風について」)
類書同著者による雅・頌の全訳注『詩経雅頌(全2巻)』(東洋文庫635、636)
中国の古典『四書五経』(東洋文庫44)
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