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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 463

『入蜀記』(陸游著 岩城秀夫訳)

2017/05/04
アイコン画像    長江の船旅を追体験できる
南宋第一の詩人の「紀行文学の傑作」

 GWは憂鬱です。フリーランスの仕事をしていると(フリーでなくてもそうでしょうが)、GWは仕事のペースを狂わせます。「GW前までに仕上げてくれ」だの「GW明けすぐによこせ」だの、そういう発注が増えるからです。うまく調整しないと、GW中も仕事をしている羽目に陥ります。ま、どちらにせよ、GW中はどこにも行かずにダラダラしているのですが……。というわけで、少しでも“旅情”を感じようと本書『入蜀記』を紐解きました。

 〈紀行文中の圧巻〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」、「陸游」の項)

 〈紀行文学の最高傑作〉(同「世界文学大事典」、「陸游」の項)

 と絶賛される、南宋の詩人・陸游(りくゆう/1125~1209)、46歳の時の日記『入蜀記』。〈長江をさかのぼる158日間の船旅の体験〉(同前)です。

 この陸游、文人官僚でもあったのですが、〈要路の人を批判しては幾度も免職にあい、官職にあったのは通算しても20年ほどでしかない〉(同「ニッポニカ」)という反骨の人でもあったようです。常に国の現状を憂えていた人でもありました。さてそんな詩人が綴った、〈紀行文学の最高傑作〉とは?

 陸游は、赴任先の蜀(四川省)に赴くために、船で長江を遡ります。名所・旧跡を辿りながらのゆっくりした旅です。陸游は5月18日から10月27日まで、ほぼ毎日欠かすことなく、日記をつけるのですが、頻出するのがこのような言い回しです。


 〈……と詠じているのは、この地のことなのである〉


 風景を愛でながら、その地を詠んだ李白や杜甫の詩の一節を諳んじる。これがいい。日本でいえば、芭蕉の『奥の細道』を辿るようなもんです。読者は、名詩と、陸游の目を通した風景を比べながら、その旅情に浸る。なるほど、これぞ正しい教養の用い方なのでしょう。

 そして何より、陸游自身が、〈南宋第一の詩人〉(同「世界大百科事典」)なのです。


 〈夜、子供たちと岸に登り、大江を前にして月を観賞した。江の水面は遠く天と接し、月影が水に映じ、ゆらゆらと揺れている。あたかも黄金色の虬(みずち)のようで、胸をときめかせ目を見張る眺めである〉


 こういった詩情が、あちこちに出てきます。これがまたいい! 

 旅行にいった気分に浸りました。旅の追体験です。これで心置きなく、GW中はだらだらできます。



本を読む

『入蜀記』(陸游著 岩城秀夫訳)
今週のカルテ
ジャンル紀行/詩歌
時代 ・ 舞台12世紀の中国(南宋)
読後に一言158日間の船旅って、しかしよく考えると贅沢ですね。
効用注では、下に紹介したような、陸游が旅先で読んだ詩が紹介されていて、それを読むだけでも味わい深いです。
印象深い一節

名言
(李白の墓を前にして)飲むこと長鯨(げい)の似(ごと)く快く川を吸う、思いは渇(かつ)せる驥(き)の如く勇ましく泉に奔(はし)る(巻三)
類書明治の漢詩人の蜀への旅『桟雲峡雨日記』(東洋文庫667)
宋代の文人の紀行文集『呉船録・攬轡録・驂鸞録』(東洋文庫696)
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